はたらくって「応援する」ってことかもしれない
2020年は僕にとって「はたらくってなんだろう?」をすごく考えさせられる1年だった。その理由は、2020年5月〜12月末まで長期の育休を取得したことが大きい。
"はたらかなかった"から、はたらくってなんなのかを落ち着いてゆっくり考えられた気がする。
そして、その育休期間を利用して会社員をやってたらできない働き方を実践してみたことも大きい。
育休取ってはたらかない期間だったのに新しい働き方を実践してみたって矛盾してると思われたかもしれないが、それは後ほど説明する。
とにかく、久々にnoteのお題&コンテストのページを見て「はたらくってなんだろう」というキーワードを見つけて書かずにはいられなかったのだ。
男性としてはまだまだ珍しい長期の育休とその間にトライした新しい働き方を通じて感じた、僕にとっての「はたらくとはなにか?」を整理してみたいと思う。
結論をひとことで言うならば、タイトルの通り「はたらくとは応援なんじゃないか」ということだ。
個人的には”はたらく”ってすごく広い意味を持っていると思っていて、会社での仕事もはたらくことだし、ボランティアだってはたらくことだし、家での家事や子育てもはたらくことに入ると思っている。「傍(ハタ)を楽にする」ことがはたらくの語源とも言われるくらいだ。でもこの記事では、特に会社で仕事することを想定して”はたらく”と言うことにする。
8ヶ月間の育休で"はたらく"ことから離れた
冒頭に書いたとおり、僕は8ヶ月の育休を取得した。娘が2020年3月に生まれたのに合わせて取得した。
2020年3月といえば、日本でもコロナ騒動が本格化し始めた頃だ。妻と生まれたての娘が産科クリニックを退院する日には全ての面会が禁止されるという措置が取られようとするタイミングだった。
そのせいで(おかげで?)、5月に始まる予定だった育休は実質娘が生まれた直後からに実質前倒しになった。3月と4月の仕事は隙間時間のリモートワークと年休取得で乗り切った。
多くの働く人たちが、この時期「働きたくても働きに行けない」という経験をしたのではないかと思う。
それはパンデミックという未曾有の事態がそうさせたわけだが、そんな中で僕は自らはたらかない時間を待つことを選んだ。
このはたらかない時間が「はたらくとはなにか」を考える大きな原動力になったことは間違いない。
日々全力疾走の仕事の中ではなかなか自分が働く意味を見つめ直すというのは難しいんじゃないかと思う。
そんなことはないと言う人もいるだろうが、何かを失って気づくことや、やめてみて気づくということは往々にしてあることだ。
はたらくことをいったんやめてみたら、自分にとってはたらくって何なのかが少し見えてきた気がする。
はたらく時間は貴重なんだ
少し前にこんな記事を書いた。
会社で仕事してる時間と、家で育児している時間、比べてみると前者は自分のコントロール下にあるのに対して、後者はまったくコントロールが効かない。
Beforeコロナもとい"Before 育休"の頃は、突然会議の予定が入ってきたり、上司や同僚から仕事をふられたりで、「ぜんぜん思い通りに時間使えないじゃん!」なんて文句言ってたこともあったっけ。
でも、完全に仕事休んで育児に専念してみたら、育児時間の方が圧倒的にコントロールが効かないことに改めて気づいた。
もちろん力わざで子どもに言うこと聞かせてコントロールするということもできなくはないのだけれど、それはちょっと違う気がする。(ときどき力わざを使ってしまうのだけど…)
とにかく、8時間みっちりと仕事に集中できる時間があるってホントに幸せなことなんだと改めて感じたのだ。
自分の好きなことを活かしてはたらいた
記事の冒頭に
育休期間を利用して会社員をやってたらできない働き方を実践してみた
と書いたが、これもはたらくことを見直すいいきっかけになった。
育休中にトライしてみた新しい働き方は2つある。ひとつは、地元のコワーキングスペースでの活動だ。このnoteでも時々ネタにしている。
地元企業の社長が「この街に面白い場所を作りたい」と仕掛けるコワーキングスペース『WORKSPACE 』は、地元の人もそうでない人もたくさん巻き込んで、みんなで作り上げようとしている。
その一環でオフィスリノベーションを育休中に何度か手伝わせてもらった。壁紙を張り替えたり、漆喰やペンキを塗ったり・・・育児の合間を縫って手伝いに行ったのだ。
運営する会社の社員さんは業務としてやっている。一方で僕はボランティアで手伝っている。
これからの時代、組織とか個人とかあんまり関係なく、志を同じくする人が集まってきて何かが創り上げられていくようなことは多くなるんじゃないだろうか。
僕はなんでも自分で作りたくなっちゃうDIY大好きオジサンなので、この手のお手伝いは無償でも大歓迎なのだ。
その会社の社員でもなければ業務委託みたいな雇用関係もない。ただ、地元に面白くてオシャレな場所ができるなら、それを自分の手で一緒に作っていいと言われたなら、やってみたい!と思って手を挙げたのだった。
会社での業務の中で本当に自分の好きなことや趣味みたいなことを活かせる場面がたくさんあればハッピーだが、必ずしもそうとは限らない。
でも、好きなことって無限にモチベーションがわいてくるし、だから仕事もテキパキ進む。アイデアもどんどん出てくる。
本当はどの会社もめちゃめちゃ多様な人材であふれている。でも、日本の組織では往々にしてそれが活かされていないと感じる。ダイバーシティ&インクルージョンが声高に叫ばれているのは、裏を返せばダイバーシティ(多様性)が活かせてないということに他ならない。
WORKSPACEを運営する三重県津市の中部システムセンターという会社では、会社のビジョンと個人のビジョンや多様性をうまく融合させながら仕事をされていると思う。
きっと、こういう会社での働き方が近い将来のスタンダードな働き方なんじゃないかと思う。
そんなはたらく現場に少しだけ関わらせてもらえて、それだけではたらくことの価値観が少し変わった気がするのだ。
ヘルプを求められてはたらいた
育休中にトライしてみた働き方の2つ目は、地元の商店街にある精肉店でのアルバイトだ。こちらも過去にこのnoteで紹介したことのあるご縁のあるお店だ。
育休も終盤に差し掛かった2020年11月某日。精肉店のアトツギ娘(小中学校時代の同級生)から「お願いしたいことがある」とLINEのメッセージが飛んできて飲み屋で話を聞くことに。
聞くと、「1年で一番忙しい年末に1人欠員が出てしまったからアルバイトしてくれない?」とのこと。
子供の面倒を見なきゃいけないから長時間は働けないけどできる範囲で、ということで僕は彼女の依頼を引き受けた。
アルバイトと言うか、僕の中ではボランティアのつもりだった。応援したい地元のお店からヘルプをもらったんだからひと肌脱ごうと。
でも本来なら給料を支払ってやってもらう仕事だということもあり、僕は最低賃金で引き受けることに合意した。
僕の本業での働き方はと言えば、7~8割はパソコンの前に座って仕事をしている。後の2割は実験をしたり何かしらモノを作ったりしている。従業員は1000人規模のいわゆる大企業で、書類のフォーマットなんかカチッと決まってる感じの職場だ。
そんな人間が、地元の商店街のお店で仕事するっていうんだから、勝手が違いすぎる。
僕が任された仕事は、三重県の名産"松阪牛"をさばく…ことではなく、年末のお歳暮シーズンに激増する配送依頼をさばくことだった。配送依頼が入れば送り主と送付先の住所を入力して宅配便業者の専用伝票を作成するのが僕に与えられたミッションだった。
今年はコロナ禍で地元へ帰省できない人も多く、「せめて東京に住んでる息子へ美味しいお肉を送ってやりたい」と言ったお客様がたくさん来店してくれた。(たぶん毎年そのようなお客様がいらっしゃるのだろうけど、店主曰く今年は特に多かったとのこと)
そんな想いと美味しいお肉がちゃんと届くように、ひたすら宅配便の伝票を作り続けた年末だった。
でも、本当に数が多いのと、僕にはあまり働ける日数も時間もなかったから、教えられた従来通りのやり方では絶対に終わらないと途中で悟った。
あと、精肉店で働くことになったけどそもそも僕はエンジニアだ。何かエンジニアらしい能力を活かしてお店に貢献出来たらな・・・という想いもあった。
そこで、宅配便の伝票づくりをスピードアップさせるためにExcelマクロで簡単なソフトをつくり、それを使って次々と伝票をさばいていったのだった。
おかげで最終日のラスト1時間を残して、僕に与えらえた作業はすべて完了できたのだった。
僕はお店のレジの奥の小さなスペースでパソコンにかじりついて作業をしていたのだが、お店に訪れるお客様と店主との会話を間近で聞くことができた。
「年末だから奮発していいお肉にしようかね~」
「いらっしゃい!いつもありがとうございます!」
「今年は息子にお肉送ってやろうと思ってね~」
何気ない会話ばかりなんだけど、普段の本業の現場では聞くことができない会話で、とても新鮮だったのと同時に、商売ってこうやって成り立ってんだなってことを肌で感じた。
なんと言うか・・・やっぱり信頼関係なんですよね。
それはお客様とお店との信頼関係もあるし、店主とアルバイト学生さんたちとの間にもあるもの。そしてもちろん、店主やアトツギ娘と僕の間にも信頼関係があった。
だからこそ精肉店の事務作業はド素人な僕に大事な発送作業を任せてもらえたし、それに何とか応えようと与えられた時間は作業に没頭した。
店主は、会社で言えば社長だ。社長の顔が見えて、その人の人となりがわかって、従業員との関係性もよくわかって。
そんな風に透明度と信頼度の高いチーム(お店)では、とても仕事がしやすいのだと感じた。
ド素人だから失敗もいくつかやらかしたけど、それでも最後まで信頼して仕事をやらせてもらえた。
1ヵ月間の間にたった10回くらい、しかも1回2~3時間しか働いてないのだけど、「いいチームってこういうことか」としみじみ思えるような体験だった。
はたらくって「応援」だと感じた
長々といろいろ書いてしまったけど、コワーキングスペースでのボランティアと精肉店でのアルバイトに共通することがある。
それが「応援」というキーワードだ。実は2020年の1年間は僕自身のテーマとして「応援」というキーワードを掲げていた。ということもあって、そして実際働いてみて、やっぱりはたらくって「応援」するってことなのかなって思ったのだ。
2020年は何かに取り組むとき、応援する姿勢で臨もうと決めていた。仲間が頑張っているとき、自分なりの方法で応援することをいろんなシーンでやってきたつもりだ。
コワーキングでのボランティアも、社長の想いに触れ、従業員の方々とコミュニケーションを取っている間に「この会社を応援したい!」という気持ちになっていた。
だから、僕が得意なDIY作業で何かしら貢献ができるのであればと、無償で手伝いを引き受けたのだ。
精肉店でのアルバイトも、同級生のアトツギ娘を応援したいという気持ちから依頼を引き受けたのだ。
たぶん彼女は「ヨシヒロはパソコンばっかり触って仕事している」ということだけを知っていて、だからやれるだろうと声をかけてくれたのだと思う。
いずれにしても頼ってもらえるのは嬉しいし、それに応えようとモチベーションがわいてくる。
そして、育休という基本的にははたらかない期間に本業とは全く異なる働き方をやってみたことで、「はたらくってなんだろう?」という疑問に少し答えが見えてきた気がする。
それが、はたらくとは「応援」することかもしれない、ということだ。
一緒に活動する仲間やその会社を応援したいという気持ちが、いい仕事につながるんじゃないかと思う。
応援したい気持ちがベースにあるから、人ははたらけるようにも思う。”働く”とは人が動くと書いて”働く”なのだ。(というのは最近読んだネット記事の受け売りだけど)
働くっていうのは、人が行動することだ。でもそのベースには、応援する気持ちが必要なんじゃないかな。
もちろんはたらくことはお金を稼いで生活を安定させるためでもあるのだけど、はたらいて社会貢献するためには、応援の気持ちが大切だと感じた。
大企業の会社員をやっていると、社内から毎日のように上司や上層部の悪口が聞こえてきたりする。僕自身も話に乗っかることも過去には多々あったし、悪口をつい口にしてしまうことをここで責めたりはしない。
ついつい人のわるいところに目がいってしまうのは、その人のことをやっぱりあんまり知らないし、応援したいという気持ちは比較的小さいからだと思う。
上司と部下、先輩と後輩、こちらの部署とあちらの部署、わたしとあなた…
"はたらく"の中にはいろんな人と人との関係性があるけれど、その随所でお互いを応援する気持ちが生まれたら、もっと働きやすく、いい仕事が世の中に増えるんじゃないか。
そんなふうに思う。
少なくとも僕は、一緒にはたらく人それぞれのいいところやわるいところもフラットに見つめ、応援する気持ちをそっと添えてコミュニケーションできたらなと思う。
そして周りから応援される人になれたら、そんな嬉しいことはない。
5,000字超えてるなぁ…ちょっと書きすぎたけど、それだけ言いたいことがたくさんあるってことでお許しいただきたい。
最後までお読みいただきありがとうございました。
さいごに、あなたにとっての"はたらく"ってなんですか?
いままでと働き方を大きく変えなければいけなくなっているいま、改めて考えるいい機会だと思う。
この記事の表紙画像はyumetamaさんのイラスをお借りしました。かわいい応援団が印象的です!ありがとうございました。
お気持ちだけでも嬉しいです。ありがとうございます!