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鋼鉄仮面になったボク。

 ピンポーン。
 宅配便でキットが届いた。
 今日で、四十五号め。
 創刊号から一年がたった。ついに最終号だ。
 阿部祐樹がアレゴスティーニで定期購読しているのは、「スーパーヒーロー」のキットだ。
 アメコミや、CGばりばりの実写映画化で有名なあの「鋼鉄仮面」だ。
 毎週、組み立てキットが送られてくる。
 創刊号は特別価格で二百九十円。
 以降は、毎週千四百九十円で約一年にわたり自宅へ届く。
 ♬アレゴスティーニ♪ でおなじみのジングルを奏でて創刊号発売の時はテレビCMもかなり流れた。
 その間、組み立てることなく、祐樹は部屋の押し入れに放り込んでいた。
 祐樹は中学受験を控えていたのでそれを口実にキットの封を開かずにいたのだ。
 雑然と積みあがったキット。
 祐樹は以前にもスーパーカーのキットの定期購読をしたことがあったが、結局、途中で組み立てをあきらめて、父親から大目玉を食らったことがあった。
 あのときのキットの山は、いとこにあげてしまった。
 
 三月下旬のある日。
 第一志望の私立中学の入学が決まり、ほっとした祐樹は、押し入れに積み上げられたアレゴスティーニの山を見て、ついに組み立てを決意した。
 部屋にこもること一週間。こんなに集中したのは、小学三年生の頃に遊んだ、ゲームボーイギアの「ポケットドラゴン」以来だ。
 組み立てはなかなか面白い。
 各号の説明にしたがって組み立てを始めると、みるみる形になっていった。
「祐樹、ごはんよ」
「そこへ置いといて」
 ママの料理がのったお盆は、祐樹の部屋のドアの前に置かれた。
 すばやく部屋に取り込む。まるでこれでは部屋から出てこないひきこもりの人のようだ。
 もともとプラモデルの組み立ても大好きなので、今回も作り始めると夢中になった。
 一週間がたったある日の深夜。外は雨が降り始めた。雷も遠くで鳴っている。ときどき稲光も見える。
 ついに、組み立てが完了した。
 そのときだ。
 ぐわしゃあー。
 轟音が響きわたり、部屋の壁がひび割れるかと思うほど振動した。しかも部屋中に光が充満した。
 近所に大きなガスタンクもあるので、爆発でもしたかのようなすごい音だったが、どうやら落雷だったらしい。
 階下から、「大丈夫か」「大丈夫?」とパパとママの声が聞こえた。
「大丈夫、大丈夫、大きかったね今の雷」と祐樹。
「最近、多いな、まだ春先なのにな。これも温暖化の影響かな」とパパ。
「寝る前に、お口くちゅくちゅするのよ」とママ。
 パパは、富士菱重工でロケットの設計をしているエンジニアだ。ママは、歯科医師だ。
 まったくもって理科系の家だ。しかし、祐樹はこれまでに両親から「もっと勉強しろ」
 と注意された記憶はない。
 割と祐樹の好きなようにさせてくれている。

 組み立ても終わったし、そろそろ寝ようかな、と考えた祐樹。
 何か視線の先に、ぼわぁーと淡い光を感じたので、見ると、祐樹の机の上だった。
 組み立てが終わって直立している「鋼鉄仮面」の表面から白い薄い湯気のようなものが立ちのぼり、ふわぁーとした光のモヤが包み込んでいた。机の上には、組み立てに使ったドライバーやペンチなどが乱雑に散らばっている。
「鋼鉄仮面」の模型は、高さ、六十センチ。重さ四キログラム。ダイキャストと樹脂でできたビッグスケールの本格仕様。全身ダークメタリックブルーの塗装が、本物感をかもし出している。
 仮面の目が青白く光り始めた。ゆっくりと点滅を始めた。
 祐樹が顔を近づけた。その目を見る。目が合った。
 その瞬間、祐樹は模型に吸い込まれるような感覚を覚えた。
「うわあぁー」
 祐樹は思わず叫んだが一瞬のことで声にならなかった。心の中の声で終わった。
 意識が遠のいた。
 ・・・・・・・
 しばらくして、祐樹は気がついた。
 机の前にひざまづいていた。
「何だったのだろう。気を失ったみたいだ」
 立ち上がって、壁にかかっている鏡を見た。そこに「鋼鉄仮面」がいた。
しかも等身大の。
「あわわわわぁ」
 祐樹は叫び声をあげた。またしても驚きすぎて心の声になってしまったようだ。
 外に声が出ていない。
 もういちど鏡をのぞいてみた。
 間違いない。祐樹は「鋼鉄仮面」になっていた。
 ナノスチール製のスーツで覆われた手や足や、胴体を動かしてみる。いろいろなポーズをとってみる。
 ダークブルーの光沢を帯びたスーツがかっこいい。
 映画で見た、あのかっこいい「鋼鉄仮面」のポーズをとってみる。ちょっとほかの人には見せられない。
 右ひざをつき、右手を高くかかげて首を少し左に向ける。
 かっこつけすぎなポーズ。とくにガールフレンドの神戸るみには見せられないな。
 茶化されるに決まっている。
 せっかくなのでスマホで写真を撮ったり、しばらくポーズをとって遊んだ祐樹は、
「楽しんだし、そろそろ脱ぐか」
 ところがどうやって脱ぐのかがわからない。
 頭をひっぱったり、手をひっぱったり、足をひっぱったり。
 二十分。いろいろためしてみたがいっこうに脱げる気配がない。
 ほとほと困って疲れてしまい、はて、と考えたそのときに。
 アイデアが浮かんだ。そうだ。映画の中では、こうしたよな。
「ハル、完了、テイクオフ」
 シャキーンと音がして、全身を包んでいたスーツがほどけるように舞い上がり、そして再び集合して祐樹の机の上に直立する形で、おさまった。六十センチの「鋼鉄仮面」の模型に戻っていた。
「鋼鉄仮面」に内蔵されているAIの「ハル」に呼びかけたのだ。
「鋼鉄仮面」の目の光がおさまり、静かになった。
「映画のままだ」
 祐樹の全身から白い湯気が立っていた。
 祐樹がこんなにバタバタしていたのに、深夜の雷雨が通り過ぎて安心したのか、階下の両親はぐっすり眠って気がつかなかったみたいだ。

 祐樹がパジャマに着替えて、お口を洗口液でくちゅくちゅしながらスマホでYahuu!ニュースをチェックしていると、ライブ中継の画面が映った。
 そこには、練馬区の動物園が火災になっているようすが映っていた。
 動物園ととなりあっている遊園地のメリーゴーランドがはげしく燃えていた。ここが出火元となって他の施設へ燃え広がったのだ。
 ヘリコプターによる空中からの映像も入っていた。
 火災発生と同時に動物園の檻が破壊されて、多くの動物が逃げだしたらしい。
 ヘリのカメラが動物の動きを追う。
 ライオンや豹が街中へ逃げ出した。
 危険情報をパトカーが巡回して呼び掛けている。消防車が十台ほど駆けつけていた。
 幸い、深夜だったので、動物園に観客はおらず、今のところ負傷者の情報はない。

 さきほどの落雷が原因なのか。一瞬、祐樹はそう思ったが、そうではなかった。
「黒色仮面」の姿が祐樹には見えていた。
「黒色仮面の仕業か」
「鋼鉄仮面」のライバルにして最大の敵だ。
 映画の設定通りなら、異次元シールドの力で現場のやじ馬や中継スタッフ、テレビやネットの視聴者の目には見えないはずだ。
 動物園の上空で笑っている黒色仮面が見えた。ズームアップ機能が祐樹の目に備わっていた。鋼鉄仮面の記憶までもが備わってしまった。「映画のまんまだ」
 アップで黒色仮面の表情まで見えた。全身が黒のスチールメタルで覆われ、二メートルを超える巨体だ。
 左右に切れ上がったレンズの眼は赤い不気味な光を奥から放ち、開いた口元が、にやりと笑みを浮かべているように見えた。
 黒色仮面は大きな事件を起こして、鋼鉄仮面をおびき寄せてやっつけようと思っているのだろう。
 祐樹が昨年見た映画のシリーズ最新作では、黒色仮面は、西暦二千二百年の未来では、死にはしないが、鋼鉄仮面にこっぴどくやられてしまっていた。
 映画の主役の座をうばうために、映画の次回作までに鋼鉄仮面を亡きものにしようと考えているのだろうか。
 この世界で決着をつけるために映画の世界からやってきたのだろうか。
 祐樹の頭に、そういったイメージが次々と浮かぶ。頭の中に「鋼鉄仮面」が入り込んでしまったのだ。
 映画の設定が現実のものとなっていた。鋼鉄仮面が黒色仮面にやられたら映画と結末が変わってしまう。そんなことにさせてなるものか。
 祐樹は、「鋼鉄仮面」の模型の目を見つめて、「ライドオン」と叫んだ。
祐樹はその目に吸い込まれた。そしてその直後、祐樹は鋼鉄仮面となっていた。
 スーツの両肩から左右に一メートルほど羽が広がり、背中の噴射口から青い炎を噴きだした。
 祐樹は板橋区犬山にある自宅の二階のベランダから発進した。
 十秒後、「鋼鉄仮面」は東京の上空千メートルに達していた。
 眼下で練馬区の北部にある動物園が燃えていた。
 動物が逃げまどっている。捕獲をしようと懸命な動物園の飼育員たちや、警察官たちの姿が見える。
 かけつけた消防車から放水も始まっている。
 まわりは、マスコミややじ馬たちでごった返していた。
 と、そこへどこからともなく赤い光線が撃ち込まれた。
 それは鋼鉄仮面の右の羽を貫通した。
 バランスを崩し、鋼鉄仮面はきりもみ状に落下する。途中、「キュア」と叫ぶ。すると、貫通した穴が一瞬にしてふさがれ、鋼鉄仮面は地面への激突を免れて上昇した。
「黒色仮面だな」
 鋼鉄仮面の目が上空に黒色仮面の姿をとらえた。
 上昇する鋼鉄仮面。
「映画の結末が気に入らないのか」
「おれのほうが強いんだ。強いやつが負けるなんて、そんな話が飲めるか」
 しばらく双方の言葉とパンチの応酬が続く。一進一退。
 弾き飛ばされた鋼鉄仮面がついに。
 右腕を持ち上げ、左手でささえ、黒色仮面をめがけて、
「フラッシュ」と叫ぶ。
 右腕のこぶしから発した青い光線が、黒色仮面を目指して飛ぶ。
 それは二方向に分かれてカーブを描き、背後から黒色仮面の背中の二本の羽をいっきに貫通した。
 ばすっ。
「やりやがったな。おぼえてろ」
 叫びながら、黒色仮面は落下していった。
 しかしその姿を途中で見失った。黒色仮面が地面に激突したとの報道はない。
 どこかへ姿を消してしまった。設定通りなら異次元へ移動したのだろう。

 動物園の火災は、夜明けになって鎮火した。
 逃げた動物も、ライオン、豹といった猛獣から優先的に捕らえられた。
 象やキリンはいったん逃げ出したが、朝食の時間になるとおとなしく戻ってきて飼育員に餌をせがんだ。
 ワニが一匹、近くを流れる石神井川へ消えたという話もある。
 その上、ペンギンが十羽ほど戻っていないようだ。

 鋼鉄仮面は、板橋区の自宅のベランダへ静かに着陸した。
 窓から部屋へ入った。
「ハル、テイクオフ」
 全身のスーツがほどけて、それは祐樹の机の上で鋼鉄仮面の模型へと戻った。
 祐樹がスマホをいじる。
 アレゴスティーニの鋼鉄仮面のキットで実物に変身した事例がよそでないかSNSで調べるが、そのような事例は一軒もあがっていなかった。
「本当に変身したいな」「できるわけないだろ」「漫画だ、映画だ、フィクションだ」のコメントばかり。
「黒色仮面を復活させろ」「なんだあの映画の結末は」「鋼鉄仮面、許さん」
 映画についての不満のSNSがかなり見受けられた。黒色仮面を応援する声、かなりのファンがいるのも確かだ。

 昨夜の鋼鉄仮面と黒色仮面の戦いについてはネットやテレビのニュースに上がっていなかった。
 映画の設定そのまま、異次元シールドの効果で、鋼鉄仮面と黒色仮面の姿は一般人には見えないようだ。
 動物園の火事と動物が逃げたことしかニュースになっていなかった。
 犯人はわからないことになっていた。
 しかし、なぜか犬や猫や動物たちには二人の姿が見えるらしく、動物園周辺では、動物園の動物だけでなく、ペットの犬や猫までもが深夜泣きまくっていたそうだ。
 そういえば祐樹の家のゴールデンレトリバーの番犬・まさ男も吠えていたな。

 事件から一週間後、四月に入って入学式があり、祐樹は池袋にある私立・遊星学園中等部へ入学した。
 ここは、私立だが、勉強よりスポーツで有名だ。
 祐樹の小学校のクラスメイトでガールフレンドの神戸るみは、隣の目白駅の私立・恒星学園中等部へ入学した。ここはかなりの進学校で有名だ。
 始業式を終え、今日は早めの帰宅だ。
 祐樹が校門を出ると、磯谷秋彦が追いかけてきた。秋彦は、神戸るみと同じく、祐樹の小学校のクラスメイトだ。中学も同じになったが、クラスは隣だ。大学生の兄の春彦に似て身体が大きく柔道部に入るらしい。
 太めの秋彦は、おなかの肉を揺らしながら、兄の春彦がマンゴスティーニの黒色仮面のキットを組み立てた話をしてきた。
 マンゴスティーニは、アレゴスティーニのライバル誌で、本社はどちらもイタリアのミラノだ。日本へあいついで進出してきて、すでに二十年がたつ。
 アレゴスティーニが以前、ランボ〇ギーニの組み立てキットを出したときは、マンゴスティーニは、フェ〇ーリを出したりして、いつも競い合ってきた。いい意味で競争原理が働いているが、最近はやりすぎな感じもする。とくにマンゴスティーニのスパイがアレゴスティーニにいるとのうわさもあり、すぐに競合商品を出してくる。テレビのワイドショーが産業スパイの件で騒いでいたのを祐樹は前に見たことがあった。
 春彦はマンゴスティーニの「黒色仮面」を一年にわたって購入、最近組み立てが終わったようだ。
「こないだ、るみに聞いたんだけど、おまえは鋼鉄仮面のキットを組み立てたんだって」と秋彦。
「それが何か」と祐樹。 
「にいちゃんが、全身ブラックメタルの黒色仮面のほうがかっこいいと言ってるぞ」
 これから家に見に来い、というのだ。秋彦は小さい頃から兄の春彦について回っていたが、今も変わらず、といったところか。にいちゃんを尊敬して、「兄が一番」、そう思っているのだ。
 祐樹は、黒色仮面を見たい気もして、秋彦についていくことにした。
 秋彦の家は、池袋から東部東城線で三駅目の犬山駅の北口にある。
 線路沿いの白壁の大きなマンションの六階だ。
「にいちゃん、つれてきたぞ」
 秋彦と祐樹が玄関を入った。
「おう、祐樹、久しぶり」
 祐樹は、小学校低学年のころ、よくここへ遊びに来た。
 最近は、受験で忙しかったので、二年ぶりだ。
「おまえ、鋼鉄仮面を組み立てたんだって。
 ・・・まあ、いいや、俺の黒色仮面を見てくれ」
 祐樹は、奥の春彦の部屋へ通された。
 春彦は、たんすの上から黒色仮面の模型をつかんで祐樹の目の前へ出してきた。
「その手、どうしたの」
「ああ、これか」
 春彦は、右手首に包帯を巻いていた。
「ちょっとくじいたんだ」
 黒色仮面の模型もよくできていた。ブラックメタルの塗料が光沢を放っていた。
 映画のデザインをよく再現していた。
「さわっていい? 」
「ちょっとだけだぞ」
 祐樹はお許しが出て、黒色仮面の模型を両手で持ち上げた。これも六十センチくらいの大きさだ。
 その時、黒色仮面の目と祐樹の目が合った瞬間があった。
「うっ」
 身体に浮遊感を感じて、吸い込まれそうな気配を感じた。
 が、ほんの一瞬のことで、気配は消えた。
「まさか」祐樹は苦笑いを浮かべた。
「今度、おまえの鋼鉄仮面も見せてくれよ。
 ほんというとな、俺も最初、鋼鉄仮面を作りたかったんだけど、マンゴスティーニのテレビCMを見てたら、なんだかすごく黒色仮面を作りたくなってさ、買ってしまったのさ。
 今ではすっかり黒色仮面のファンだぞ」
 ほら、といって春彦が壁を指さすと、そこには大きな黒色仮面のポスターがポーズ違いで何枚も貼ってあった。本棚には、コミックスや関連本がつめ込まれていた。
「にいちゃん、すごいだろ」
 何がすごいのかよくわからなかったが、「そうだね」祐樹は相づちを打った。
 磯谷春彦は子供のころいじめっこだったらしいが、陰険な奴ではない。祐樹は小学校低学年の頃に春彦によく遊んでもらったことがある。弟の秋彦もいじめっこ体質だが、それほど陰険な奴ではない。兄を頼ってばかりの優柔不断な弟だ。
 春彦は、今年の春に大学生になった。巨体を生かして柔道同好会に入ったそうだ。大柄だが、運動は苦手なので柔道はやった経験もなかったが、同好会成立のためにどうしても、と請われて柔道同好会に入ったので、ほとんど練習には行っていないそうだ。コンビニのバイトがいそがしく、コンビニクラブに入ったといったほうが正しいかもしれない。お金をためて、今度はドローンを買うのだそうだ。
 祐樹は、ときどき春彦が犬山駅前のコンビニでバイトしているのを見かけた。

 SNSで呼びかけがあった。
 総展示面積十万平方メートルの巨大な展示場・東京の臨海副都心エリアのビッグサイドで開催される真夏のビッグイベント「コミック市場」。会場の一角で行われる「鋼鉄仮面」のファンミーティングへ、祐樹は誘われた。アレゴスティーニの主催らしい。
 祐樹は、「鋼鉄仮面」の模型ファンクラブに入会していた。
 祐樹は参加を決めた。その主な理由は、アレゴスティーニの「鋼鉄仮面」のキットを組み立てた人たちの中で、自分と同じように変身した仲間がいるのか確かめたかったのだ。
 八月某日、国際展示会場前駅を降りた祐樹は、「鋼鉄仮面」の模型を背中のリュックに背負い、炎天下の中、会場を目指した。
 そういえば小学校低学年のころに、春彦に連れられて一度来たことがあるが、「コミック市場」(略称『コミイチ』)の熱気はものすごい。漫画、アニメ好きな人たちが世の中にこんなにいるのかと思うほど、電車が到着するたびに、駅はごったがえした。
「コミック市場」は、なんでも祐樹の父親の子ども時代からあるらしく、四十年以上の歴史があった。
「俺らも出したよな、同人誌」
 今朝、祐樹が出かけるときに、パパとママは、昔を懐かしんで見送ってくれた。パパとママは、学生時代に漫画の同人誌活動で出会ったらしい。パパは、漫画とSF評論、ママは、実際に漫画を描いていたそうだ。
 以前、ママに、ママの漫画を見せてと祐樹がせがんだことがあったが、ぜったいに見せてくれなかった。
 近所に住むパパの兄の阿部祐太朗おじさんに聞いたところでは、ママは、「ボーイズラブ」の漫画を描いていたらしい。

 ゲートをくぐって、会場の奥、東八ホールまで歩いた。途中、歩くすき間もないほどに漫画同人誌の即売会は超満員だった。
 何とか、ファンミーティングが行われている会場の奥、東八ホールへたどり着いた。
 すでにイベントは始まっていた。
 参加者は、百名近くいたかもしれない。小学生から、八十代くらいのおじいさんまで年齢層は幅広い。四分の一くらいは女性だ。
 みんな自慢の「鋼鉄仮面」を持参していた。手作りのスーツや、羽織袴、中には、ワンピース姿で頭にはロン毛のかつらをつけて女装している「鋼鉄仮面」もあった。
「こ、濃すぎる」
 祐樹は、この人たちの輪の中へ入るのを少しためらった。
「初めてですか」
 中年のスーツ姿の男性が声をかけてきた。
 首に「アレゴスティーニ」のロゴの入ったスタッフパスを下げていたので、会場を仕切っているアレゴスティーニの社員らしい。
「ときどき交流会をやっているんですよ。楽しんでいってください」
 祐樹はリュックから、自慢の「鋼鉄仮面」を取り出し、両手で抱えて、会場をゆっくり歩いた。
「右腕の傷は、汚しですか。リアルリアル。凝ってるねえ」
 二十代の太目の青年が声をかけてきた。
「ひざの関節が弱いみたいで、結構補強したんだ。キミのもそうかな」
「いや、ボクのはそうでもないです」
 青年はしつこく寄ってくるので、祐樹は逃げようと、青年をかわす。
 そのとき、祐樹の鋼鉄仮面の首が動き、青年をにらみつけた。ような気がした。
「お、おい、今、こいつの目が光ったぞ。俺をにらんだぞ」
「そんなバカな。君、目に何か改造した? 」と他の参加者。
「いえ、何も、何もしてないです」
 祐樹は、やっかいごとから逃げるようにその場から急いで離れた。
 祐樹は、会場でさまざまなファンに会った。
 しかし、実際に「鋼鉄仮面」に変身した人は一人もいなかった。ように思った。
『まあ、仮に変身しても、自分もそうだけど、ほんとうのことは人には言わないよね。おかしな人、と思われてしまうもんね』と祐樹の心の声。

 一時間ほど、会場にいたところ、
「ひゃああぁ」と、ものすごい歓声が上がった。
 少し先にあるブースだ。
 そこでは、マンゴスティーニ主催の「黒色仮面」のファンミーティングが行われていた。祐樹は、「鋼鉄仮面」のブースを出て、声の上がったブースをのぞいてみた。
「黒色仮面」がいた。
 六十センチの模型ではなく、実物大、がいた。
 ファンの中学生や女子大生たちが、まわりに集まって、「黒色仮面」に抱きついていた。
 黒色仮面は、右腕に二名、左腕に二名を抱えて持ち上げていた。
 ファンたちはスマホで写真を撮りあっていた。
 黒色仮面は、右腕の手首の調子が悪いのか、手首をぶらぶらさせていた。
 黒色仮面と祐樹は目が合った。
 黒色仮面の動きが止まった。
 祐樹は自分と目が合った、と思ったが、実は、胸に抱えていた「鋼鉄仮面」の目と合ったのだ。
「鋼鉄仮面」の目が一瞬、青い光を放った。
 黒色仮面が祐樹のほうへ突進してきた、ように感じたため、祐樹は走って逃げた。
 黒色仮面はなおも追いかけてくる。
「待てええぇー」黒色仮面の声がおなかにひびいてきた。祐樹にだけ聞こえる声のようだ。
 祐樹は走りながら、「鋼鉄仮面」になっていた。
 背中から二枚の羽が飛び出し、噴射口から青白い炎を発して、浮遊する。
そして一気に入場口を抜けた。
 黒色仮面の背中からも黒い二枚の羽が左右に一メートルほど飛び出し、赤い炎を発して、飛び立つ。
 人々を吹き飛ばすほどの疾風を起こして、二体が入場口を抜けて、上昇していく。
 人々は「何事か」と床に倒れながらも、二体の姿は見えない。異次元シールドが二体の姿を見せないのだ。
 鋼鉄仮面と黒色仮面は、ビッグサイドの建物のてっぺんで十メートルほど離れて向かい合った。
 ビッグサイドは高さ四十メートル、逆三角形の巨大な建造物だ。建物のてっぺんは、平たくなっている。
 そこで二体は動きを止めてにらみあった。
「来ると思ったぞ」
「もう争いはやめよう。君にも多くのファンがいることがわかったよ。次回の映画では君が主役でもいいよ」
「調子のいいこと言うな。お前を消してしまわない限り、俺が主役になれないことはわかっているんだ」
「新作は、これから撮影だろ。まだ間に合うよ」
「ふざけるな。今度のシナリオはもうできてるらしいじゃないか。
 お前を消してシナリオを書き直させる。次の作では俺が主役をいただくのだ」
 黒色仮面の胸が開いて、超小型ミサイルを発射した。
 ばしゅうぅ。
 鋼鉄仮面は青白い炎を噴射して、ミサイルを右にかわす。しかしミサイルは背後に回りしつこく追いかけてくる。 
 鋼鉄仮面は、建物に被害を及ぼさないように、東京湾へと飛んだ。
 ミサイルはスピードを上げてさらに追いかけてくる。
 そこで、ミサイルの下に回り込み、背後から右腕を左腕で支えて、
「フラッシュ」
 青い光線を発射、ミサイルを破壊した。
 黒色仮面が追いかけてきた。
 攻撃をやめる気配がいっこうにないので、鋼鉄仮面は天に向かって急上昇、積乱雲の中に入った。
 鋼鉄仮面をさらに追いかけて上昇する黒色仮面。
 雷の閃光が鋼鉄仮面を直撃した。
 ぐあおうわしゃぁーん。
 すさまじい轟音。
 雷撃は鋼鉄仮面を通り抜けたかと思いきや、鋼鉄仮面の超エネルギーがそこへさらに加わり、追いかけてきた黒色仮面をまともに貫通した。
 ぐあおうわしゃぁーーーーーーーーーん。
「うわあぁーー」
 黒色仮面は煙をあげてきりもみ状に落下していった。
 鋼鉄仮面が確認のために追ったが、海上に黒色仮面の姿はなかった。またしても異次元へ消えた。
 その日のSNSにはさっそく、コミイチ会場に「黒色仮面」現る、の写真がアップされたが、二体の仮面同士の死闘の様子は、記事になっていなかった。誰にも見えていなかったのだ。
 漁船に乗っていた船長の飼い犬だけが上空にむかって吠え続けていた。

 数日後の学校帰り、校門のところで、祐樹は秋彦から声をかけられた。
「にいちゃんが呼んでるぞ」
 なんでも、黒色仮面のバイク型の乗り物、ブラックライダーを組み立てたのだそうだ。
 黒色仮面の購入者の中から抽選で三名に贈られたのだ。
「にいちゃん、運が強いだろ」
 またしても秋彦が自慢してくる。
『お前のことじゃないだろ』
 祐樹は思わず言いそうになったが、言葉に出さずにこらえた。

 犬山駅前、線路沿いのマンションの六階にやってきた。
「にいちゃん、つれてきたぞ」
 秋彦と祐樹が玄関を入った。
「おう、祐樹、こんちわ」
 春彦が奥の部屋で待っていた。
 春彦は、両手で近くに置いてあった黒色仮面を持ち上げて、ブラックライダーにまたがらせた。
 ちょうどぴったりのサイズだ。
「どうだ、俺のブラックライダーいいだろ」
 ブラックライダーにまたがった黒色仮面を両手で持ち上げて左右に揺らせて、さも空中を舞っているように動かした。
「いてて」
 春彦が動きをやめた。
 祐樹は、春彦が右腕のひじを押さえて痛がっているので、
「右ひじどうしたの? 」
 と聞いてみた。
「ああ、これか」
 春彦は、右の腕をぶらぶらさせながら、
「どうもこないだ、バイトで荷物を運んだときに痛めたらしい」
 ブラックライダーの模型もよくできていた。黒色仮面とおそろいのブラックメタルの塗料が光沢を放っていた。
「さわっていい? 」
「ちょっとだけだぞ」
 祐樹は両手で持ち上げた。
 ずっしりとした重量感。
「いいなあ。鋼鉄仮面にもこういうのあるといいなあ」
「うらやましいだろ。お前も黒色仮面にすればよかったな」
 春彦が少し得意げに言った。

 その日の深夜。
 近所の異臭騒ぎで祐樹は目を覚ました。
 祐樹が二階の窓をあけて外をながめると。
 カンカンカンカン、消防車が出動していた。
 キュインキュイン、ライトを点滅させながらパトカーも出動していた。
 やじ馬たちの声も騒がしい。パジャマ姿で家の表に多くの人たちが出ていた。祐樹の両親もいた。
 祐樹の目は鋼鉄仮面の目になっていた。
 ズーム機能で遠くを見つめる。
 消防車の先に白い煙が立ち上っていた。どうやら街道沿いのガスタンクで事故が起きたようだ。
 あそこには大きな都市ガスのタンク(直径三十三メートル)が二棟建っている。
 異臭が風に乗って部屋の中へ入ってきた。タンクまでは少し距離があるはずなのに、だいぶ漏れているようだ。
 さらに見つめる。祐樹の目は、白い煙が立ち上るガスタンクの上空に「黒色仮面」の姿をとらえた。
 しかも今夜の黒色仮面は、ブラックライダーにまたがっていた。その姿は地獄の戦士そのものだった。
「ボクを誘っているんだ」
 祐樹は、机の上の「鋼鉄仮面」の模型の目を見つめて、「ライドオン」と叫んだ。
 その目が青く輝き始め、そして祐樹は吸い込まれるようにして、次の瞬間、鋼鉄仮面に融合していた。
「黒色仮面の思い通りにさせてたまるか」
 スーツの両肩から左右に羽が広がり、背中の噴射口から青い炎を噴きだした。
 祐樹は板橋区犬山にある戸建住宅二階のベランダから発進した。異次元シールドのおかげで両親には見つからない。
 十秒後、「鋼鉄仮面」は板橋区の上空千メートルに達していた。
 地上では、ガスタンクの周りを帝国ガスのスタッフが集まって修理を始めていた。
 彼らには黒色仮面の姿は見えていない。もちろん鋼鉄仮面の姿も。
 修理がだいぶ進んだらしく、タンク周辺から漏れ出ていた白いガスの勢いはとまった。
「やれやれ」
 どうやら黒色仮面は鋼鉄仮面を呼び出すのが目的で、ガスタンクのバルブを破壊したのだろう。始めからガスタンクを爆発させる気はなかったようだ。
 赤い光線が放たれた。
 光線が祐樹の前を左から右へ走った。
「現れたな」
 黒色仮面のその声は、低く身体の芯にひびきながらもうれしそうに聞こえた。
「待たせたな」
 鋼鉄仮面も相手の言い方に合わせて低音で答えた。
 黒色仮面はブラックライダーのエンジンを全開にして、猛烈な速度で迫ってきた。
 迫りながらブラックライダーは左右のランチャーから小型ミサイルを同時に放ってきた。
 ミサイルは、うず巻のような軌道を描いて突進してきた。
 左右にかわしながら、鋼鉄仮面は右腕を持ち上げて左腕で支えながら光線の束を発した。
「ハイパーフラッシュ」
 ミサイルは立て続けに撃ち落された。
「それならこうしてやる」
 ブラックライダーのヘッド部分が開いて、そこから投網のようなものが発射された。
 うかつにもその投網に鋼鉄仮面は捕らえられた。
 投網に異次元電磁パルスが流される。
 投網全体が真っ赤に発光する。
「うわあぁーー」
 これはとても苦しい。
 身体の芯を貫くたえがたい痛みも襲ってきた。
 鋼鉄仮面は動けない。
 絶体絶命。
 このままではどこかの異次元へ飛ばされてしまう。
「俺がほんとの主役なんだ。原作者は悪役を主役にする予定だったんだ。
 それを、マーケットがどうのこうのとか言って、映画会社が邪魔した。
 おまえなんかこうしてやる」
 黒色仮面の右腕からこんどは電磁ムチが飛び出し、鋼鉄仮面の首に巻きついた。
 そして強く締め始める。
「ぐううぅ・・・」
 そのときだ。
 黒い生き物の大群が押し寄せた。黒色仮面の目の前に立ちはだかった。
「うわあ、なんだこれは」
 コウモリの大群だった。
 次から次へ突進するコウモリたち。
 黒色仮面はコウモリが大の苦手だった。
 かつてコウモリのスーパーヒーローが主役の映画に出て、あっという間にやられる役でさんざんな目にあった。あんなかっこ悪い役はもうこりごりだった。
 あれ以来、コウモリアレルギーになった。
 鋼鉄仮面は、あらかじめ自宅近所の犬山公園に巣くっていたコウモリたちに声をかけていた。彼らは鋼鉄仮面の姿が見えるし、ペットの犬並みに意思も通じた。
「やめてくれー」
 黒色仮面は全身がかゆくなったみたいで、力が抜けて落下していった。ブラックライダーも一緒に。
 投網をはずして鋼鉄仮面は黒色仮面を追った。
 だがその姿はどこにもなかった。もちろん、その日のニュースにも仮面同士の戦いの報道はなかった。ガスタンクがガス漏れ事故を起こしたが、処置が早くて大事故には至らなかったとの報道だった。

 翌朝。朝食テーブルを囲んで。
「昨夜は、大変だったわね。ガス爆発起こさなくてほんとよかった」とママ。
「帝国ガスにさっそく電話しといた」とパパ。
「やめてよ。クレーマーでつかまるわよ」とママ。
「ぐっすり寝てたので全然気がつかなかった」と祐樹。
『もう少しでどっかの世界へ行っちゃうとこだったよ』と祐樹の心の声。
 玄関で、ドッグフードを食べていたゴールデンレトリバーのまさ男がこっちを向いた。
 祐樹がまさ男に、指で「し! 」とやった。

 数日後の学校帰り、校門のところで、祐樹は秋彦から声をかけられた。
「にいちゃんが呼んでるぞ」
 祐樹は、春彦にまた呼ばれた。
 家に行くと、
「おう、祐樹。これいいだろ」
 見せてくれたのは日本刀の模型だった。習字の筆くらいのサイズだ。
「こんどはこれが当たったの? 」
「違うよ、おれが勝手に黒色仮面のアイテムにしたんだ。
 おまえは勝手にそんなことしたらだめだぞ。鋼鉄仮面の設定にないからな。
 黒色仮面のネット記事を読んでたら、黒色仮面に日本刀を持たせるアイデアが前にあったらしいんだ」
 春彦が右腕や右の首のあたりをボリボリかいている。赤く湿疹になっている。
「そこどうしたの」
「ああ、こないだバイト先でもらった消費期限が過ぎた弁当を食べたのが、いかんかったみたいだ。かゆくてかゆくて」
「にいちゃん、すごいだろ」と秋彦。
「どこがすごいんだ? 」
 春彦は秋彦のおでこを指ではじいた。

 祐樹はだいたい夜中の十二時過ぎに寝る。
 中学生は十一時には寝るようにとママは言う。
 ママに見つかるとこわいが、ワイチューブでアニメの動画を見たり、ゲームをしたりしているとすぐに夜中になってしまう。
 その日も夜中の十二時半にベッドに入った。
 さっきまでワイチューブで千九百七十年代のロボットアニメを見ていたので、すぐには寝つけない。
 あの時代のアニメは、今のと違って絵は下手だし、CGもないのでロボットも手描きだし、絵の輪郭線も手描きなので太かったり、手のタッチが入るのだが、そこが素朴で祐樹はとても好きだ。人間が作っている感じがよく伝わってくる。手作りってやつだね。
 少しまぶたがおりてきた。そのときだった。
 机の上の鋼鉄仮面の模型の目が激しく明滅した。
 祐樹はおどろいて飛び上がった。
 スマホでニュースをチェックする。
 新宿あたりで事件が起きたらしい。
 南側の窓のカーテンを開けて外を見る。ちょうど新宿方面が南だ。
 アニメで見た空襲のシーンみたいに新宿の空が真っ赤だった。
 二階のベランダに出た。
 近所の人たちも表に出ていた。パジャマ姿だ。ざわついている。
 今回も両親が表にいる。
「だめよ、部屋にいなさい」
 ママに見つかってしまった。
「わかったよ」そう言いながら、祐樹は南の空に目を凝らした。
 ちょうど東京都庁方面が赤く燃えているように見えた。
 正確に言うと、都庁第一本庁舎、高さ二百四十三メートルの二本の尖塔の上空に、真っ赤に燃える小型の太陽のような未確認物体が現れたのだ。
 めらめらと燃える球状の謎の物体。相当な熱量を放っているようにも見える。
 小型の太陽のさらに上空に視線を移すと、・・・いた。
 ブラックライダーにまたがる黒色仮面の姿があった。
 またボクを誘っているんだ。
 祐樹は、部屋に戻り、鋼鉄仮面の目を見つめた。
 その目が青く光ったかと思うと、祐樹は全身が吸い込まれる感覚におちいり、次の瞬間、鋼鉄仮面になっていた。
 ベランダに出る。変身した姿は、誰の目にも見えない。
 鋼鉄仮面の背中から羽が左右に延び、そして、噴射口から青白い炎を発して飛び上がった。 
 ものの数十秒、鋼鉄仮面は板橋区犬山の上空千メートルに達した。
 目指すは西新宿の東京都庁。
 三分後、鋼鉄仮面は都庁の上空五百メートルに達していた。
 鋼鉄仮面のさらに上空には、小さな太陽よろしく炎の塊が真っ赤に燃え盛っていた。
 おそらく黒色仮面が異次元から呼び寄せたエネルギー体なのだろう。ものすごい熱量だ。
 鋼鉄仮面のナノスチールのボディでも相当こたえる。
 さっそく赤い光線が鋼鉄仮面の右肩をこすった。
 ぴしっ。
 軽いあいさつなのだろう。
「来たな、鋼鉄仮面」
「あきらめが悪いな、黒色仮面」
 黒色仮面は、ブラックライダーにまたがり、そして今回は、右手に日本刀を持っていた。
 しゃきーーん。
 その刀は、上空の赤い炎をたっぷり浴びて、いかにも斬れるぞと言わんばかりの光沢を放っていた。
「新兵器を使わせてもらうぞ」
 ブラックライダーがいっきに間合いを詰め、そして、斜めに刀を振り下ろしてきた。
 さすがの切れ味だ。
 スッと風を感じたその次の瞬間。
 鋼鉄仮面の左腕は、胴体から離れていた。
 左腕は落下はせずに消えた。蒸発するように異次元に消えたのだ。
 痛みはない。しかし、肩口から、さも出血のように青い光の筋を八方に散らした。
「しまった。油断した」
 鋼鉄仮面、絶体絶命。
 左腕を失い、バランスをくずす鋼鉄仮面。
 都庁第一本庁舎の屋上へ落下した。
 どうにか両足で立った。足元には、着地の衝撃で大きくひび割れができた。
「雨漏りするな」鋼鉄仮面は少し申し訳ない気持ちになった。
 上空からブラックライダーがいきおいよく追いかけてきた。
 屋上で両者は見合った。
 左腕が痛み出した。
 しゅわしゅわと、青い光の筋が、肩口で放電していた。
「ううう」
 鋼鉄仮面はひざをついた。
 ブラックライダーを降り、近づく黒色仮面。
 手には日本刀。輝きはにぶくなっている。
「覚悟しろ」
 鋼鉄仮面の頭部めがけて振り下ろしたその時。
「ああっ」
 日本刀は黒色仮面の手から蒸発した。
 主人公なのにやられる、一瞬、覚悟を決めた鋼鉄仮面だったが、突然のことにうろたえている黒色仮面のすきをついて、右腕から青い光線を最高の出力で発射、その波動は黒色仮面を吹き飛ばした。
「ブラストフラッシュ」
 その身体は、第一本庁舎のとなりに建つ高さ百六十三メートルの都庁第二本庁舎の屋上へ吹き飛んだ。
 鋼鉄仮面は黒色仮面のあとを追った。
 屋上に倒れたまま起き上がれない黒色仮面。近くにはブラックライダーが炎を上げて燃えていた。
 上空の炎の塊は急速に縮んで、やがて異次元へ消えていった。
 黒色仮面に近づく鋼鉄仮面。
 黒色仮面の仮面ははがれて、そこには、春彦の顔があった。
 煙のすすで汚れた顔で、
「なぜだ、なぜ刀が消えたんだ」
「同じ日本刀でも刀は設定にはないんだ。調べたんだが、刀ではなくて太刀だったんだ」
「くそ、鋼鉄仮面、俺の負けだ。・・・次回作で会おう」
 そう言って、春彦は目を閉じた。眠ったのだ。
 黒色仮面のスーツがほどけ、舞い散る粉のようになって異次元へ消えていった。ブラックライダーの残骸も消えた。
「黒色仮面に心をのっとられていたんだな」
 鋼鉄仮面は春彦を抱え、しずかに飛び立った。

 早朝、春彦は、自宅マンションの玄関の外で寝ているところを両親に見つかり、こっぴどく叱られた。
 しかも先日、行方知れずになっていた動物園のあの動物たちもいっしょだった。
「ペンギンつれてくるんじゃないよ」と母親。
 朝のネットニュースには、都庁上空の謎の炎の写真が載っていた。
「アメリカ国防総省も、最近はUFOの存在を認めたし、やはりUFOは存在するんですよ」
 かつて某テレビ局でUFO番組を制作していた大御所のプロデューサーがうれしそうにインタビューに答えていた。
 その日は朝から雨だった。
 都庁では午後になって雨漏りが問題になった。

 数週間が経過し、世間が都庁の謎の炎事件を忘れかけたころ、祐樹は、学校帰りに犬山駅前のコンビニに寄った。
 好物のファミチキンをもってレジに並ぶと、
「おう、祐樹、久しぶり」
 春彦がバイトしていた。
 春彦は、黒色仮面だったときのことを全く覚えていない様子だった。
 ほんとうに心をのっとられていたんだ。
「また遊びに来いよ。俺、こんど、また新しいキットを組み立てるんだ」
 どうやら来年の夏休みにアメリカから「鋼鉄仮面」の新作映画がやってくるようだ。
 春彦の話では、黒色仮面が弱くなって人気がなくなってきたとの理由で、今度は、黒色仮面に代わり、「暗黒仮面」とかいう新しい強敵が活躍するらしい。
 マンゴスティーニで「暗黒仮面」のキットの発売を決めたそうだ。春彦は懲りていないらしく、バイトしてまた買うと言っている。ドローンを買うのはやめたらしい。
「にいちゃん、今度は暗黒仮面を組み立てるんだぞ。すごいだろ」と秋彦。
 祐樹の後ろから秋彦が顔を出した。秋彦はファミチキンをかじっていた。
 あいかわらず何がすごいのかよくわからなかったが、「そうだね」祐樹は相づちを打った。
「こら、買う前にかじるな」
 春彦は秋彦の耳を指でひっぱった。

 祐樹は、家に帰った。
 両親はまだ帰宅していなかった。
 部屋に入ると、机の上に鋼鉄仮面の模型が静かに立っていた。
 左腕は新品がついていた。祐樹がネットオークションで見つけて購入したのだ。
 黒色仮面は映画の世界へ戻ったようだが、次回作では出番がないのか・・・
 祐樹は少しかわいそうな気がした。
「やっぱり鋼鉄仮面のほうがいいな」
 祐樹が鋼鉄仮面の頭をなでた。
鋼鉄仮面の目が一瞬、青く点滅したような気がした。   
                               <了>


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