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【ショートショート】煩悩のちから

『煩悩の力はホンマにすごいんでっせ』
東光願寺ひがしこうがんじの住職にしてITベンチャー企業『SunriseWish』代表取締役という異色の肩書きを持つ須崎来道すざきらいどうが逮捕、連行される際報道陣に向け発した言葉である。

遡ること一ヶ月。
東光願寺の本尊兼、仏像型スーパーコンピューター『正覚しょうがく』の処理能力が世界一位に輝いたと発表され世界の度肝を抜いた。
取材に駆けつけた報道陣に対し、袈裟ではなくスーツを着込んだ須崎は饒舌に語った。
「我々の知っているスーパーコンピューターとはかけ離れた見た目なのですが、仏像自身がいわゆる端末本体という認識でよろしいでしょうか」
「そうやね。仏像はケース…いや、ケースの一部分と言った方がええかもしれまへんな。本体についたエンブレムみたいなもんやと思うてください。実際の中身は地下にあるさかいに」
「正直スーパーコンピューターを設置する場所としてはベストの環境と思えないのですが」
「みなさんここまで来られてご承知でしょうけど、ここ山奥なんで真夏でも比較的涼しいんですよ。どうです修行体験で座禅でもしていきまへんか?」
「大変失礼なんですが、一般的なスーパーコンピューターは国費と民間投資の2つからなる莫大な費用を投じて構築運営している訳で。私設のこの環境下でこの規模で…といいますか、率直にこれだけの処理能力を実現した秘密はなんなのでしょうか」
「言いたいことはわかりまっせ。こんなしけた木造建築の中でね。例えば、ほんの数十年前まで人間の脳と全く同じ性能のコンピューターを創ろうとするならばそれは高層ビルと同じ大きさになると言われてたんですわ。とういうことは逆に考えたら一番理想的なスーパーコンピューターの構造の完成形は脳やということにたどり着くわけです。特注のハードや潤沢な資金投資は叶いませんが、そこは智恵と工夫で市販のパーツでもロスなく能力を発揮させる構成力でもってですね…」
報道陣はしんと静まり返る。
「ああ、坊主のくせに普通の答え過ぎました?せやったら仏様が演算に一役お力を貸しくださってるってことにしときましょか。あと、お参りに来てくだすった方々が捨てていきはる煩悩がCPUに宿って底力を引き出してます。とでも書いといてもうたら。皆さんそんな答え求めてはるんでしょ」
がははと本堂に須藤の笑い声が響いた。

世間の注目が加熱すると、周辺できな臭い噂が流れ出した。
寺の存在する集落で突出して失踪者が多発している点。当然ながら東光願寺の檀家が多い地域でもある。
檀家に多額の金を貸し、返せないと家の人間を寺の差し出させるという何とも耳を疑う内容だ。
そして決定的な情報が匿名を理由に寺の内部関係者よりリークされた。

警察は家宅捜索に入ると仏像の裏側に設置されている扉から正覚の内部に立ち入った。
仏像内部には似つかわしくないケーブルの束が幾重にも連なり、企業のサーバールームのような光景が広がっていた。
部屋の1番奥に『ソレ』はあった。
捜査員たちは思わず息を呑み、目の前の光景に言葉をなくした。
「…煩悩?」
捜査員のひとりは正覚の本当の名を記したネームプレートを見つける。

表面に幾つもコードの刺さった人間の脳が、培養液に浸され幾重にも折り重なっていたのである。

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