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【ショートショート】在宅で湿気るモラル

今週唯一の出社日。出社すると早々に課長に呼ばれた。
「吉田さん。来て早々悪いんだけどちょっといいかな?」
課長の席へ行き、少し距離をとって座る。
「この調子だと在宅勤務もまだ当分続くみたいでね、何か問題点とか無いかなと皆に聞いてるんだけどね」
課長は聞きにくい事を聞く時はいつも回りくどい言い回しになる。
「はい。今の所特に問題は無いです」
「そう。気を悪くしないでほしいんだけど…」
嫌な胸騒ぎがする。
「吉田さんの在宅時の作業、質が良い時と悪い時のムラがあってね…」
しまった。バレたか。
「申し訳ありません!家であっても常に緊張感を持って作業していたつもりなんですが」
「在宅勤務も手探りでいきなり始まったようなもんだしね。吉田さんに限らずみんな社内と同じ環境で作業できなくてやりにくい点もあると思う。何か問題点があれば早めに相談してもらえたら…」
「はい。以後気をつけます。申し訳ありません」
自席に戻ると深呼吸し気持ちを落ち着けた。課長はまだそこまで具体的に怪しんではいないようで少し安堵する。
そして、課長から特に出来がひどかった時の例として手渡された資料の印刷物を苦虫を噛み潰す思いで眺めた。
在宅勤務時の作業をたまに高校生の娘に手伝わしているのがバレたら厳重注意じゃ済まないだろう。

その日の夕食後
娘の部屋を訪れ、勉強机に向かっている娘に話しかける。
「ママのお仕事手伝ってもらう時さ、もう少しこんな感じで手を抜いて貰えるかな。じゃないと違う人がやったって疑われちゃうから」
昼間課長から手渡された私の作成した資料を見せる。

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