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【ショートショート】人霊不可侵条約の破棄

神武天皇が霊界と交わしたとされる三世の契りが『人霊不可侵条約』と改名し脈々と現在に引き継がれて2600年余り。
国民にはその存在自体が極秘として周知されていなかったが、政府は唐突に条約の存在を発表し、同時にそれらが一方的に破棄されたとした。
条約には現世側への不可侵として幽霊は姿を見せない決まりだったが、ある日を境に鮮明に幽霊が見えるようになった。
心霊写真の概念が変わり被写体と肩を並べ、くっきり幽霊が映り込む様になった。
「思ってたのとなんか違う」との言葉を最後に霊が見えることで有名な霊能タレントは表舞台からこつ然と姿を消したり、頻繁に著名な霊魂を自身の身体に憑依させ対談をしていた霊媒師も、これまで憑依されたとする幽霊側から立て続けに「初めまして」と挨拶されたりした。
日常生活での霊によるプライバシー侵害が深刻化し、家庭内での盛り塩が必須となり塩の価格が急騰し全国的に品不足に瀕していた。代替の結界を求めて新しいビジネス市場が開拓されたが効力の無い粗悪な御札を売る業者が後を絶たず社会問題となった。
反対に現世側が霊界側に図っていた便宜として明らかになったのは、死後は必ず霊界へと召されること。いわゆる死後の世界があの世一択に独占契約されていたことだった。
それが条約破棄に伴い自由化され、あの世、その世、どの世への選択が可能となった事が発表された。
それによって混乱をきたしたのが寺社仏閣で僧職に携わる人々である。仏教として長い歴史を誇るがその教えや経典は元来あの世に対してしか対応しておらず、
その世、どの世向けのお経をどうするか、どの宗派がどの程度あの世以外を兼務するのかの対応が急がれた。
政府は国民の不満を受け再度条約を結ぶべく、霊界への特使を省内で募ったが当然あの世へは片道切符の為、未だ特使の決定には至らず
ある業界筋によるとそろそろお迎えが近いであろう各界OBに細心の注意をはらい現在打診中との噂もある。

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