見出し画像

【ショートショート】プロ食事人

「ねぇ、彩。ずっと気になってた澤山って三つ星のお店。急遽キャンセルが出て二人入れるんだけど今晩どう?」
グルメな先輩社員の誘いに彩は申し訳無さそうに苦笑いをした。
「すみません先輩。私まだ二つ星なんです」
「あーそっか…じゃあこれは久美子に声かけてみるか。じゃあまた二つの店の時に誘うね」
再度すみませんと頭を下げ、彩は自席へと戻った。隣の席で同期入社の上村が待ってましたとばかりにため息をつき、スマホ画面を向けてきた。
「牛丼の吉田家、ついに一つ星になるんだってさ。俺のオアシスが…」
「ていうか、あんたまだ無印なの。いい大人なんだからいい加減一つ星ぐらいとりなさいよ」
「実は俺、大学の時に飲食店のバイトでやらかしてさ。星の取得、永久に剥奪されてるんだ」
話によると上村は定期的に社会問題になっているいわゆるバイトテロで過去に問題を起こし、食事人の星の取得する権利を剥奪されてしまったのだという。本来ならば無試験で申請すれば取得できる一つ星すらも取得することができない。
「永久って相当じゃない。何やったらそうなるのよ」
待ってましたとばかりに武勇伝でも語ろうとする雰囲気を醸し出してきたので「あ、やっぱいい」と話を断ち切った。
ついで上司にも呼ばれ「もう外食出来る店がないよ」とぼやきを残して上村は席を立った。
「澤山か…」
正直、彩もいつかは行ってみたい店の一つだ。最近気になる店のほとんどが三つ星のお店になってきた。
ひと昔前なら人気のお店には行列に並んだり、何ヶ月待ちの予約をとり
それでも『待って』いれば入ることができた。だが今はそうはいかなかった。
上村のバイトテロと同様に、近年モラルを欠く客による迷惑行為が社会問題となり、外食業界は連名で『お客様は神様ではない』との声明を出した。
伴って店が保有する星と同等の星を有する「プロ食事人」しか受け入れないことを発表した。
「やっぱりもう一回チャレンジしてみるか」彩は引き出しの奥から一冊の参考書を取り出した。

表紙には『めざせ合格!三つ星プロ食事人』とある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?