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【ショートショート】フェンシング新種目 ースマホー

防具を装備した両者がセンターラインで対峙する。
互いに息を整え闘いのフォームを構える。
そして全身から指先へ神経を集中させるように細く長く息を吐く。
会場はピンと張り詰めた緊張に静まりかえっていた。

フェンシングはフルーレ、エペ、サーブルの3種の武器があり
それがそのまま種目の名前になっている。
その長い歴史に新しい風を吹かすべく新たな種目『スマホ』が創設された。
観衆の注目を一身に受ける両選手のその手には現代の武器、スマートフォンが握られている。
「チャットアプリ!」審判の掛声が静寂を切り裂く。
腰に重心を落とし、両者画面にトークアプリを立ち上げ指を添えた。
「トーク!」
激しいステップと共に凄まじい勢いでフリック入力の応戦が始まる。

『おはよー。元気してる?』

『ひさしぶり!元気してたよ』

大型ビジョンにそのやり取りが表示され観客は固唾を呑んで見守る。

『…じゃあ、明日の1時に駅前に待ち合わせで』

『オッケー!じゃあ明日よろしく~』

『はーい。ばいばーい』

『ばいばーい』

目を輝かせた猫のキャラクターのスタンプが表示された。

『はーい』
瞬間、最後の送信をした選手の面に施されたLEDが赤く点灯した。
ああ。と観客のため息とどよめきの入り混じった歓声が聞こえた。

中継アナウンサーは解説者に語りかけた。
「両者非常にスムーズな会話運びに見えましたが最後に反則を取られてしまいました。これはどういった意味でしょうか」
「えー、最後の一言が不自然という審判の判断ですね。一つ前のスタンプで完全に会話は完結できており
自分の会話で絶対に終わらせたい強引さがマナー的反則を取られた形ですね」

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