見出し画像

【ショートショート】おかき語

送られてきた荷物の封をときながら、過ぎし日の夏休みの事を思い出した。
毎年学校が夏休みに入ると、母方の田舎に帰省するのが定番で
祖父母の家に着くと必ずおかきの一斗缶が居間の隅に置いてあった。
それを見て「じいじもばあばもおかき好きやね」と言えば
「おかき語に使うんよ」と母は素っ気なく言った。
祖父母は良き仲の裏返しで些細な事でよく喧嘩をした。
口喧嘩が始まりしばらくすると、どちらかが一斗缶をちゃぶ台に置く。
そして口喧嘩の口をつぐむと、二人向き合って無言でおかきを食べ始めるのだ。
まるで言い合いよろしく祖父がバリボリ食べるのを待って祖母がバリボリ食べる。
初めて見た時は呆気にとられたが、後で母が「あれがおかき語」と教えてくれた。
「母さんは何言ってるか分かるの?」と聞くと「分かれば苦労しないわ」と呟いた。
しばらくしたある日、いつもの様に些細な事で口喧嘩が始まった。
やがてバリボリ応戦が繰り広げられる中、何気なく私がおかきを取りバリボリ食べた事があった。
何故その時そうしたのか記憶は定かでは無い。単にお腹が減っていただけかもしれない。
しかし祖父母は目を丸くし私を見つめ、程なく一斗缶の蓋を閉じた。
結果的に喧嘩の仲裁をしたようだった。
「まさかあんたがおかき語を使うとはね」と同じく目を丸くした母が言った。
それ以来、夏休みにおかき語を聞くことはなくなった。
いつの間にか一斗缶もその姿を消していた。

一人暮らしを始めてから
この季節になると一斗缶まではいかないが缶入りのおかきが実家から送られてくる。
不思議なものであの日を境に何故かこのおかきが私の好物という風に親には認識されていた。
まぁでもあながち間違いではないが。
素朴な味のする素焼きのおかきは年々美味しさが増しているのも確かなのである。
遠くで夏が鳴き始めた。今日も暑くなりそうだ。
誰しもが心の片隅に説明など到底出来ない不思議な思い出の1つや2つは持っている。あの時私は一体何をおかき語で喋ったんだろう。

夏空に向けてバリボリ2人に尋ねてみた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?