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【ショートショート】貯信箱

もしこれが貯金箱ならジャラジャラと音がするのにな。
そんな事を考えならが貯信箱を振った。音はしない。
豚が貯金箱の定番とするなら、貯信箱の定番は犬らしい。
飼い主を信じる従順なイメージからだろうか。
陶器で出来たソレはお座りの格好で何処か見覚えのある忠犬の姿をしている。
『築くは一生、失うは一瞬』と表現されるように
もしもの時の為に日頃から信用を貯めて置くことが出来たらどれ程良いか。
その謳い文句に惹かれ思い切ってこれを買ったのだ。少々値は張ったのだが。
それから毎日、ほんの僅かでもコツコツ真面目に貯信箱に信用を貯め続けた。
物質を貯める訳ではないので、どれだけ貯めても成果が重さに現れる事は無い。折れそうになる心をなんとか奮い立たせながら地道に貯め続けた。

そして遂にそのもしもの時が訪れてしまった。
私の信用が地に落ちた今、満を持して貯信箱を手にとる。
改めて振るがやはり音はしない。
静かに目を閉じる。ひとつ深呼吸をした。
そして勢いよく床に叩きつけた。

どれだけ時間が過ぎたのだろうか。
ほんの数秒だった気もするし、数時間経ったような気もする。
そっと目を開ける。そこには貯信箱の欠片が散乱していた。
ひとすじ涙が頬を伝った。
そうか…そういうことか…

やはり私は貯信箱を信用していなかった。

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