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【ショートショート】エコな保冷剤

町外れにあるケーキ屋「Rejadda」
そんな小さなケーキ屋のあるサービスが話題となり
連日行列が途切れることがなかった。
とは言うものの話題の中心にケーキは存在しない。

『当店ではエコな保冷剤を使用しております』

と小さな手製のポスターがケーキが並ぶショーケースの横に掲げられており
皆、その保冷剤を目当てにケーキを買い求めるという不思議な逆転現象が起きていた。
そして最も不思議なのはいざ持ち帰り箱を開けても、そこにはケーキ以外何も入っていないのである。
でもしっかりと冷たさは保たれているのだ。
-箱に仕掛けがあるのでは?-
-そもそもケーキが半冷凍だった?-
飛び交う憶測は空を切り、謎の域を出ることはなかった。

人々がケーキ片手にそんな話題でお茶を楽しんでいるのと時を同じくして、とある界隈がざわつき始めていた。
ある日。店の前にはスーツを着た男の姿があった。
ケーキには目もくれず売り子の若い女性店員の元へ近づき
店長と面会の約束を取り付けている者だと自己紹介をした。
店内の奥に設けられたイートインスペースに通されると名刺を差し出した。
名刺にはエコロジー研究所の研究主任という肩書が踊っている。
「はぁ。コーラまた偉い先生がなぜ私なんかに?」
「今、ここで話題になっている『エコな保冷剤』の正体を知りたくて参りました。もしかしたら資源問題へ希望の光明を差す、すごいクリーンエネルギーなのではないかと我々の間でも話題になっておりまして」
売り子をしていた店員がコーヒーを持ってきた。男は会釈して礼を言った。
「そんなビッ栗モンブランですわ。私もさっぱりレモンクリームなんですよ」と店長はメガネを正した。
そう簡単に秘密は明かさないだろうと予測はしていた。男は食い下がった。
「出来れば少し厨房を見せていただく事は出来ないでしょうか」
「まあチョコっとだけなら構いませんけど…」と二人厨房の中へと入っていった。

結局、保冷剤の解明に繋がるような特に変わった所は見つけられなかった。
男は名残惜しそうに厨房を振り返ると、情報という収穫は無かったが
時間を割いて対応してくれたせめてものお礼も兼ねて
ケーキを注文することにした。
改めて見ると保冷剤という話題が無くても十分に人気が出そうな魅力的なケーキばかりだ。
「保冷剤はお付けしますか?」「あ、お願いします」
店員は厨房へと消えていった。


そうだ。うっかりしていた。
聞く相手をそもそも間違えていた。
「あなたは知っているんですね。エコな保冷剤の正体を」
彼女はレジを打つ手を止めると「…実は私の発案なんです。厨房少し寒くなかったですか?」
確かに肌寒く感じたが鮮度を保つ為にケーキ優先の室温なのだと勝手に解釈していた。
店員は私の耳のそばで折箱を少し開けると…「ケーキデケーキカイフク」と微かに中から声が聞こえた。
「店長の寒いダジャレを再利用したんです」
はにかんだ笑顔はこちらに向かって「1,800円になります」と告げた。

店長とこの子、どっちが凄いのだろうと男は困惑する。

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