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【ショートショート】足しゴム

「まさに見た目は黒い消しゴムだが違うんだ。1度使ったら手放せなくなるぜ。
この『足しゴム』は今日これから大事な試験を迎える兄ちゃんの助けになることは間違いない。活かすか殺すかは兄ちゃん次第だ」
饒舌に語る露天商を前に、試験会場へと急ぐ青年は相手にするなという気持ちと藁にもすがりたい想いとの間で葛藤していた。
「…黒いとこ以外は普通の消しゴムと同じみたいだけど、結局何が違うの」
「そこだ兄ちゃん、使い方は消しゴムのソレと全く同じだ。ただ得られる結果が真逆なんだな。どういう意味かは百聞は一見ってやつだ。使えばすぐ理解できるさ」
「んー。で、いくら?」
「普段はひとつ3万円なんだが…」「たか!話になんないよ」青年は立ち去ろうとした。
「結論を急ぐな。決めるのは最後まで話を聞いてからでも遅くないだろう。兄ちゃんは今日ほんとにこの道を通って正解だよ。俺は普段はこの通りで商売していないのさ。この偶然の出会いに祝して特別の特別に1万円で大サービスしとくよ。
なんだったら終日ここに居るから、効果に納得出来なければ返金しようじゃないか」
返金なんて絶対嘘だと青年は思ったが試験への不安な気持ちが勝り、見方を変えればこれはお守りだと自分に言い聞かせてつい買ってしまった。
「まいどあり。兄ちゃん見る目があるよ。このタイミングでこの商品に巡り合うなんて本当に兄ちゃんはラッキーだよ。ただ何点か注意事項があってね。必ず後でタシカ…」
「やばい!もうこんな時間じゃないか」青年は露天商の言葉を遮り立ち去ろうとした。
「ちょっと待て。最後までちゃんと聞いていけ、絶対に最後までツカイ…」
「そんなすごい商品でも試験に遅れちゃ元も子もないだろ」とけんもほろろに青年は足を止めることなく試験会場へと急いだ。

西日に照らされる試験会場。
誰よりも先に早足で飛び出してくる青年の姿があった。
青年はひどく興奮していた。それもそのはず足しゴムの効果が本物であり、絶大だったのだ。
最初は普通の消しゴムを使用していたのだが、ふと自信の無い解答に足しゴムをかけてみた。
すると解答は消えるどころか、正しい解答に塗り替えられた。
試しに答えすら分からない空白の解答欄にかけるとそこに正解とおぼしき解答が現れたのだ。
そして解答欄を塗り替えると黒い足しゴムは真っ白な、消しゴムで言うところの消しカスを出した。
その不思議な光景に青年はすごい代物を手に入れたんだと疑念は吹き飛んでいった。
結局、足しゴムは1日で使い切ってしまう。
合格は間違いないと青年は確信していた。これならもっと買ってもいい。いや買ったほうがいい。
その言葉通り同じ場所に露天商はまだ残っていた。アタッシュケースに商品を詰め、帰り支度を進めているところだった。
露天商は青年の顔を認めると手を上げて応えた。「その表情だと効果があったみたいだな」
「足しゴムまだある?」
「兄ちゃんに売ったアレが最後の一つさ」と露天商は手を差し出す。
「じゃあ次はいつ入荷するの」
「足しゴムはつくり方が特殊でね。量産できる代物じゃない。だから次の足しゴムの為にほら」と差し出した手を更に突き上げた。「え、何?」
「使用した分の足しカスを返却しておくれ」
「は?ちょっと意味がわかんないんだけど」
「足しゴムのあの不思議な力は何も無尽蔵に正解をもたらしてくれてる訳じゃない。あくまで一時的に正解を貸し出すのさ。だから兄ちゃんが今日試験で塗り替えた正解は借り物なんだよ。
借りたものは返さないといけないのが世の摂理ってもんだ。だからその『足し貸す』は返却してもらわないと」
「は?そんなの無理だし、そもそも聞いてないよ」「そら兄ちゃん話を最後まで聞かずに行っちまったからじゃないか。じゃあせめて残りの足しゴムを返してもらおうか。それで何とかチャラに出来るだろうよ」
「いや、全部使い切ってもう無いよ」
「1日、いやたった数時間で使い切ったっていうのかい。なんてこった…」露天商はその結果が分かっていたかのように白々しく驚いてみせた。
「その足し貸すってのを返さないとどうなるんだよ」
「その答えの前にもう少し詳しく言うと兄ちゃんは今、未来から正解を前借りしている状態にある。言い換えれば借金しているのと同じ状態だ。もし足し貸すが手元にあれば好きなタイミングで正解を返済することができたんだ。
しかも本人じゃなくてもいい。俺が兄ちゃんの代わりに返済することだってできたんだ。例えば兄ちゃんの合格を左右する大事な1問の正解で出た足し貸すを、俺が握りしめながらキレイなお姉ちゃんへ口説き文句を囁いたとする。
仮にその状況での口説き文句として大正解を言ったとしても結果は失敗するんだ。すると何故か手のひらの足し貸すは再び黒くなる。それを再び練り固めると足しゴムが出来上がるんだよ」
「変な話だが、1つの正解ならば内容は問われないみたいなんだな。人生を左右する正解と、今夜を楽しくすご過ごすためだけの正解は同等ってことだ。おっと話がそれちまったな。その足し貸すが手元に無いとなると-」
露天商はそう言うともったいぶるように水筒に一口つけた。
「正解を返済するタイミングを自分でコントロール出来なくなるってことだ。言い換えれば、兄ちゃんはこれから大事な局面でどんなに正しい判断がくだせたとしても、ことごとく失敗してしまう」
「そんな…これから失敗するのが分かってて行動するなんてこんなに辛いことはないじゃないか。助けてよ。何とかする方法は無いの?」
「…実は1つだけあるんだな。聞くってことはやるってことが条件だ。どうする?」「もちろん何でもやるさ」
露天商はポケットから取り出すと青年に手渡した。
「何?白い…消しゴム?それこそ」
「見た目は白い消しゴムといったところだが、それは兄ちゃんが今日買った足しゴムと同じ大きさの足し貸すの塊さ。さっきも言ったように本人の代わりに返済することができるって言っただろう。
兄ちゃんがその足し貸すの分を返済して再び色が黒く戻れば自分の使った分の返済を完了したことになる。自分のタイミングで返せるんだから兄ちゃんにとってもメリットはあるだろう」
「確かに。それはありがたい。自分のタイミングで返せるだけでもまだ望みがあるってもんだ。是非やるよ。なるべく早く返さなくちゃ」
そう言って青年は立去ろうと歩を進めたが、ふと立ち止まって振り返った。
「ってことは、これは誰かの生み出した足し貸すってことなんだよね。ちょっと待って。おかしくないかい。この足し貸すの返済が俺の返済になるのなら本来の持ち主の返済がいつまでたっても終わらないじゃないか」

露天商はアタッシュケースに商品を詰め終わり立ち上がった。
「鋭いな兄ちゃん。実際はその足しゴムを黒く戻す為には今日使った分以上の正解を返済しないといけないことになる。2人分とまではいかないが、借金だって返す時に利子が必要だろう。そう考えてくれたら納得はいくはずだ。気に食わないんだったら返してくれたっていいぜ」
「わかったよ、やるよ。そのくらいは納得できるさ」
露天商は青年の手元を見つめるとニヤリと笑った。
「そうだ。それが賢明だ。ついでにコレはもう俺には必要ないから兄ちゃんにあげようか」
青年の前に来るとアタッシュケースを差し出した。
「いや、そんなの俺も必要ないから要らないよ」
と言葉では拒否しつつも青年の手は勝手にケース受け取っていた。
「え」青年は困惑の表情を浮かべた。
「やっと、離れた」露天商は驚いた表情を隠さなかった。
「ひとつ言い忘れていたが、足し貸すを手に握りしめることが返済するタイミングの発動となるんだよ」
青年はアタッシュケースを手に呆然と立ち尽くす。「ってことはもしかして…」

「そういうことだ。後はよろしくな」
元露天商は沈む夕日に向かって歩きだした。

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