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【ショートショート】無駄の結晶

N氏の葬儀は一般的なソレと比較すると寂しいものだった。
必要最小限の人付き合いしか無かった為、数名程の参列者は実弟とその家族のみであった。
後日、遺品整理の為に兄の自宅を訪れた弟は僅かな遺品の中に1本のminiDVテープを見つける。
しかもラベルに弟の名前が記入されてあるものだから
気になって再生出来る機器を探した。
見つけたビデオカメラ本体に挿入し再生すると小さな液晶画面には在りし日のN氏の姿が映し出された。
何度かカメラの位置を調整する姿が映し出されると徐ろに話始めた。
「私は『無駄』を研究し50年が経ちました。当然その50年は無駄なのです」
背景を見るとここで撮影した事が分かる。
「人生の全ての行いについて、意味や正当性で埋め尽くす事を有意義とした生き方を最良とするこの世界において
私は1秒でも多くの無駄で埋め尽くす事に人生を捧げました。言わば私は無駄の結晶なのです」
数十年ぶりに聞く兄の声に懐かしさは無かった。
もしかしたら兄の存在自体、自分の世界から消してしまっていたのかもしれないと弟は思った。
「私の夢は報われる事無くこの無駄を成し遂げること。
それは何も残さずにこの世を去る事に等しいと考えていた。
…しかしある疑問に苛まれたのだ。私は悩んだ。
そして命の最期を悟った時、一つの結論に至った。
私はその願いを叶えるべくこのテープを残す事にした。
弟よ。不思議と今、不幸では無いと感じている」
そこで録画は切れた。
弟は天を仰いた。兄の意を汲み取った弟は始めて頬を伝う想いに至った。
「兄貴…あえて価値の在るものにしたんだね。これまでの無駄を無駄にして」

長年、幸福について研究する弟にとってものすごく有意義な資料だ。

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