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【ショートショート】最新の為なら

病室のドアを開けると見慣れぬ男が手を挙げ私を迎えた。
「やあ。仕事で忙しいのにわざわざ申し訳ない」
男のその声を頼りに友人の面影を手繰り寄せた。
「随分と痩せたな。ちゃんと食えてるのか」
見舞いの品を渡すと気を使わせてすまないねと受け取るも「酒じゃないのか」と軽口を叩く。
いつもの彼らしい口調と声に張りがある事で少しだけ安堵した。
「そんな事よりコレを見てくれ。先週発売したばかりの代物だ」
彼の手にはスマートフォンが握られている。私でも知っているマークが覗く。今や老若男女誰しも所持している人気商品だ。
どうやら最新機種らしいが私にはどれも同じ様に見える。
「そんなの退院してからでいいじゃないか。ここは病院なんだぞ」
「分かってるよ。でもSoCは独自開発で前機種の8割も処理能力が上がっているんだ。それなのに重量は2割減で、カメラも新機能が追加されてて…」饒舌な説明が止まらない。
「俺は疎いからよく分からんが安くないんだろ?」
「最上位のフラッグシップモデルともなると10万は軽く超えるね。それが毎年発売されるんだから苦労するよ」
「おいおい何言ってるんだ入院費もあるのに。それ以前にもっと大事な事があるだろう」
「分かったからお前もこれだけは分かってくれ。この最新機種での進化がどれ程革新的な事なのか。あらゆる操作がワイヤレスでスマートに無駄なく行えるように性能がアップしているんだ、例えば…」
「おい!」勢いよく立った弾みでパイプ椅子が倒れた。
入院着越しに掴んだ彼の肩は思った以上に細かった。
「だとしたら…だとしたら己が性能を落とてしちゃ元も子もないだろう」

最新機種を握りしめる彼のか細い腕は点滴という有線に繋がれている。

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