見出し画像

【ショートショート】行列鑑定士

彼はお目当てのラーメン屋に着くと少し離れた所からしばらくその様子を眺めた。店先には10人程度の行列が出来ている。
そして手帳に何かを書き留めると小さくため息をついた。列の最後尾につこうかと1歩踏み出したが、
どうしても気が進まずそのまま踵を返して来た道を戻りはじめた。
彼はくだりつらなるのビジネスネームで『行列鑑定士』を生業としている。しかし世間での認知はまだまだ低い。
北は北海道、南は沖縄まで行列の噂を聞きつけては現地に赴く。
そして行列を眺め観察し、(彼はそれを『行列の香りを嗅ぐ』と表現する)
実際に行列に並ぶのである。(彼はそれを『行列に乗る』と表現する)
彼曰く、行列とは単純な人と人との連なりでは無いという。
文と文の間に書かれてはいないが描かれている行間の空気がある小説と同じ様に、人と人との間にある行間にどんな物語を汲み取れるかに行列鑑定士としての技量が問われるという。
では先程のラーメン屋の行列。
10人程度並んでいたのだが、彼の見立てでは本当にそこのラーメンが食べたくて並んでいたのは2,3人だ。
それ以外は行列だから並んでいる者達だ。決してそれが駄目だとは言わないが
ラーメンが美味しいから並ぶのと、行列だからそこのラーメンは美味しいのだという受動的観点で並ぶのとでは似て非なるモノなのだ。
行列は能動的でなくてはならない。それが彼の持つ行列のセオリーであり全てなのだ。
なので行列としては能動的純度が低く、彼はその行列に乗ることを諦めたのである。
ここ十数年での急激な行列の質の劣化が先の彼のため息の理由であり、現在の最大の悩みでもある。
先月の話だが、毎年新機種を発表し発売の度に世間で話題になるスマートフォンの発売日の行列を求めて現地に向かった。
噂に聞く通り徹夜組とも呼ばれる人たちが早くから長い列をなしており行列としてはかなりの大物であった。
このような大物は年に数度とお目にかかれないので気持ちは高ぶっていた。
到着し、まずは行列の香りを嗅ごうとしたが彼は絶句した。
そう、これまで嗅いだことのない行列の悪臭に絶句したのだ。
震えるペン先で手帳に書きつける。
『ほとんどの人が純粋に商品を求めてはいない、不純物がここまで混ざるとは』
視界が滲む。下唇を噛み頬を伝う雫が手帳の上に落ちると書きなぐった『転売ヤー』の文字を濁した。
つい先週の次世代ゲーム機の新発売でも結果は全く同じだった。
力なく歩く彼の脳裏には『廃業』の二文字がチラついていた。
なので来た道を大幅にそれていたことに気づいた時には、自分がもう何処にいるのか分からなかった。
おっと私としたことがと地図を確認しようとしたその時だった。
ふと良い香りが彼の鼻孔を刺激した。
そしてそれは彼のもう一つの内なる鼻孔をも刺激したのだ。

目の前には4人の小学生。
行列と呼ぶには規模は小さいが、それはまるで砂金を見つけたような感覚だった。
彼らの目は一様に輝き、手に入れた時の喜びを待ちわびながらそして楽しみながら行列を構成している。
いつの間にか大物ばかりを求めていた自分の欲深さを反省した。
先に商品を受取り手持ち花火のごとく先頭から放たれた笑顔が私の横で弾けている。
私が求めていたのはこれだ。これこそが初心でありルーツかもしれない。
私の番がやってきた。ソースの香りが食欲をそそる。

「8個入りをください。マヨネーズはありで」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?