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シュール

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2022年2月の記事一覧

【ショートショート】小村川忠之

映画館で今話題沸騰の作品を鑑賞した。 感動的なエンディングを迎え画面が暗転すると 『小村川忠之に捧ぐ』 と表示されエンドクレジットが始まった。 カフェに立ち寄り、読みかけの小説を読み終えた。 衝撃のラスト、そして最後のページにはこう締めくくられた。 『この物語を小村川忠之に捧ぐ』 足早に書店に入る。文庫本コーナーの棚に行き、本棚から無作為に1冊手に取り最後のページを開く。 『小村川忠之に捧ぐ』 別の一冊をとり恐る恐るページを開く。 『小村川忠之にこの物語を捧ぐ』 心拍数が

【ショートショート】高いところが苦手

「ねぇチカ。やっぱりそこの喫茶店にしない?」 「もう着くよ。あそこ高層階で景色も綺麗だし、それに新作のフラペチーノも気になるの」 人気のカフェが入るビルは目前とあってチカは折れなかった。 吹き抜けの広々としたエントランスはチカの力強いヒールの音を鮮明に響かせた。 「ミホほんとカフェとか行かないよね」 上昇するエレベーターは都会の街並みをどんどんミニュチュアセットにしていく。 「ちょっと苦手なだけ…高いところが」 エレベーターに二人だけをいい事にチカは声をあげて笑った。 「ま

【ショートショート】秒読家の意義

N市郊外の山奥にひっそりとその屋敷は建っている。 秒読家。 江戸時代から続くとある伝統を、一子相伝で現代に引き継ぐ名家だ。 敷地内の離れ、通称『秒読庵』にて日々粛々とソレは執り行われる。 「あ、九千九百九十万九千九百九十びよぉーう」 御年88歳の15代目当主、秒読平之進が独特の節回しで読み上げる。 手には初代から受け継ぐ『刻槌』を持ち、コツコツと打台を打つ動作で秒を刻み60秒毎に読み上げるという流れだ。 正確に秒を刻むようになるまで10年はかかる妙技とされた。 「ついに1億秒

【ショートショート】『み』と『めめ』

「こんな時に何なんだけど、実は俺生まれつき目と耳の役割が逆なんだよ」 本当にこんな時に何だと相棒の唐突な告白に俺はただ戸惑った。 とある危険な仕事の途中、敵対するマフィアに待ち伏せされ相棒共々拉致された。もうどれくらい時間が経ったかも分からない。 お互い目と口を塞がれ、後ろ手に縛られて自由のきかない状態だ。 俺を勇気づけようと意味のない冗談を吐いているのか。 「いいか、俺には耳が目なんだ。どういうことか分かるか。俺は今見えている。ここは埠頭の倉庫だ。見張りも遠のいた。だからお

【ショートショート】振替輸送

「すみません。今しがた事故の影響で電車が運転見合わせになってしまって。出社遅れます」 「そうみたいだな。わかった」 部長は部下から立て続けに遅刻の連絡を受けた。 「電車組の出社が遅れてるから朝の会議は延期しようか」 その直後電車組の1人が出社してきた。 「最寄り駅が乗換駅で私鉄の振替にスムーズに乗れました」 程なくもう1人出社するがスーツが皺くちゃに着崩れしていた。 「ど、どうした?」 「駅の近くが競馬場で運良く競走馬に振替乗馬できました」 始業5分前になって駆け込んだ社員は