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[やれたかも委員会]押し倒された夜

これは大学生の頃の話です。

その男の子は、めずらしく僕の事を慕ってくれていました。

「デジタルネイティブ」なんていう名前の、いわゆるヲタクが集まるサークルに所属していて、そこに入ってきた後輩でした。

その後輩は、低身長の割に体格は大きかったんです。それもそのはず、子供の頃からわんぱく相撲をやっていて、高校まで相撲部に所属していました。千葉では猛者の部類だったみたいです。
性格は優しくて、彼が怒ったりしているところは、ついに見たことがありませんでした。

太っているけれど、良い匂いのする子で、知らねえよって言われちゃうかも知れませんが、僕って人の事を結構匂いで判断するんですよね。
動物的で恥ずかしいのですが、積極的に嗅ぎに行くわけでもなく、対面した時の印象の中で、合うか合わないかわかります。苦手な人って匂いでわかりませんか?その後輩は安心する匂いのする子でした。

相撲部だって聞いて「やっぱり人って力が強いと、性格が優しくなるかな?それとも、元々はガキ大将で、相撲を通して優しくなったの?」なんて聞いてました。すると、彼はにっこり嬉しそうに笑ってから「そんなことないっす。元々ですよ」なんて照れたりしてました。

慕ってくれる後輩なんて居なかったから、さぼれる授業とか、面白いおすすめの教授、最近会ったエロい噂話とか、大学内の弁当屋でなんの弁当がいちばん美味くてコスパが良いかなんて話を先輩ヅラして彼に聞かせていました。

ある日、その後輩と遊ぶことになったんです。街中をブラブラ散策して、その後、僕の部屋に遊びに来てもらうことになりました。自然な流れでした。

部屋に入ってからもずっと、おしゃべりの僕が勝手に一人で話しをしていて、その子は楽しそうに聞いてくれていました。聞き上手で、笑いどころがあれば、本当に楽しそうに笑ってくれて、センスの良い返しなんかもしてきて、良い後輩を持ったなあなんて思っていました。

それで、ご飯時になって、近くのファミレスのデリバリーを頼んだんです。僕は当時も料理をあまりしてなくて、手作りするにも人に出せる料理なんて作れませんでしたから、パーティセットみたいなやつを頼みました。
からあげにとんかつ、ポテトフライ、えびフライなどの揚げ物オールスターズが入っているゴージャスなもので、貧乏大学生が食べるものではありませんでした。

今でもそんなものは頼みません。まったく親の金はなんだと思ってるのか。働いてもいないのに一丁前に後輩におごったりして、本当にお金の事を知らなすぎるんですよ。お金って使うと無くなるんですよね。当時はその事実を知らなくて、それを知るのは、もっとずっと後、社会人になってからです。ゆうちょにカードをさせば、毎月4、5万は自由に使えていたので、そのせいで金銭感覚が狂っていました。

注文したものが届いて、その子はからあげを食べながら「これ全部いいんですか!?」なんて言うんですよ。「いや、僕の分は!?」なんて笑って、彼のわしわし食べ進めるさまを眺めていました。何かでっかい動物に餌付けしてるみたいな感覚で、気持ちが温かくなっていました。

彼はゾウのペースでした。毎日、200キロ以上食べて、水も1日に100リットル以上飲む、あのゾウのペースでした。

食べ終わって「眠いね~」なんて言って、なんてダラダラしゃべってたんです。

「吉田さんて、いつも優しいですよね」

「そうかなあ。なんかそれ良く言われるんだよね。そういや、彼女いないの?」

「いるにはいるんですけど、難しいですね」

「僕も別れたばっかりでさあ」

僕はベッドに座っていて、彼は床の座布団に正座してました。

すると突然、なんて言うんだろう、いわゆる「いたす時」の雰囲気になったんです。
その時まで全然気が付かなくて、気づいた時には、彼が僕の苗字を叫んで覆いかぶさってきました。

さすが高校で相撲をやっていただけあって、半端じゃない速さなんですよ。日本古来の武術を体感した瞬間でした。気づいたら仰向けになって抱きしめられていました。

焦った僕は「ちょっと、ちょっと待って。ちょっと本当に待って!」と女の子みたいになりました。彼が興奮して、ハアハア言いながら抱きしめてくるのを、抵抗してもがきながら、「ちょっと、!ハアハアなってる!ちょっと、ハアハアなってるから」とたしなめました。

「ちょっと落ち着いてくれる?おれ、そういうのダメで、そういう事を男の人としたこともないんだよ。ごめん、優しくしすぎた。そういうつもりじゃなかった。ごめん」

と必死で謝ると、彼は

「ハッ、ハッ、すみません、ハッ、そう、ハッハッ、ですよね」

と言って止まってくれました。これは危なかった。ギリギリセーフでした。

その後、身の危険を感じた僕は、彼に水で溶いた甘いポカリスエットを飲ませて、早々に帰らせました。

彼が元々ゲイだったのか、はたまた、あの瞬間にゲイになったのかはわかりません。僕の中のやさしさが彼を性的に興奮させたのは事実だと思いますが、今考えても何がなんだかわかりません。

性的に何かをされそうになった恐怖というより、大型犬に抱きつかれて甘えられたようなあの感覚は、今でもなんだったんだろうとふと思い出します。

その後、疎遠になってしまって、今では名前すら覚えていません。もうちょっとでやられていたかもしれない、という話でした。

おわり

100円でお題にそったショートショートを書きます。