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色を科学する <番外編> CIE 1976 L*a*b* 開発秘話

 CIELAB開発秘話。知る人ぞ知る(ホントにあまり語られてない)お話しです。色を科学する その⑪ 均等色空間と色差<後編>で書ききれなかった分を書きました。



CIELABのできるまで

 CIELUVはU*V*W*の改良版として作られましたが、CIE 1976 L*a*b*色空間(CIELAB)の開発経緯は全然違い、アダムス(E. Q. Adams)、ニッカーソン(D. Nickerson)、グレイサー(L. G. Glasser)という3名の研究を組み合わせてできました。ちなみにNickersonさんは女性です(First NameはDorothy)。

 具体的には、下記4ステップで開発されました。

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 Chromatic Value空間(色価値空間?)は下記3次元からなる空間で、VYが明度、VX-VYが赤-緑、VZ-VYが黄-青の反対色応答を示します。

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 VX, VY, VZは下記式で計算します(iはX, Y, Z)。

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 XYZを非線形変換し、差分をとって反対色応答にする、、、CIELABの原型が完全にできてますね!


 Nickersonは上記Viの計算式を下記マンセル明度関数の5次式に置き換え、色差式(Adams-Nickersonの色差式)も開発しました。

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 ※実際には係数が微妙に違う古い方のマンセル明度関数です、↑これは最新のもの

 Adams-Nickersonの色差式は↓です

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 ここで、ΔViは2色のViの差です。


 しかし、これだと、計算が大変で(1940年代ですからね!)、5次式を解くのも難しいので、GlasserがCube-Root、つまり1/3乗で近似する手法を考案したのです。マンセル明度関数は1/3乗でよく近似できることは色を科学する その⑪ 均等色空間と色差<中編>で紹介してます。


なぜ500と200か?

 ところで、a*とb*の係数は、なぜ、500と200であり、CIELUVのように同じでないのでしょうか?

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 これにはHurvichとJamesonおよびJuddによる反対色性の研究成果がもとになっています。

 例えば600nmの赤みのオレンジを考えると、赤み成分と、それよりやや少ない黄みの成分に分けられると思います。HurvichとJamesonは、これらを反対色を使って打ち消す実験をしました。打ち消すのに用いるのは、混じりけのない純粋な反対色説の4原色、ユニーク赤、黄、緑、青(Unique Red, Yellow, Green, Blue)です。

 600nmの赤みのオレンジにUnique Greenを加えていくと、そのうち、赤みのない黄色になります。この時の加えたUnique Greenの量が、もともとあった赤みの量とします。

 同様にUnique Blueを加えていき、黄みのない赤になった時の、Unique Blueの量が、もともとあった黄みの量

 このような実験方法を色相打消し法(Hue Cancelation Method)といいます。

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 実験結果を基にJuddによってモデル化された結果が↓です(実際にはJuddが理論的に構築したモデルが先で、実験結果が合致した)。

 縦軸が実験により求められた赤、黄、青、緑成分の量で、赤と黄をプラス、青と緑をマイナスとしています。HurvichとJamesonはこの量を「Chromatic Valence」と呼んでいます。ValanceじゃなくてValenceです、日本語にしにくいのですが、力とか価値のようなニュアンスです。

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 グラフを見ると、600nmは赤が0.43、黄が0.25で、この2色のこの比率で構成されていることがわかります。

 また、477nmでは青以外が全て0、498nmでは緑以外が全て0、578nmでは黄色が全て0になるので、これらの波長が純粋な(ユニーク)青、緑、黄となります。

 ユニーク赤はスペクトル上になく(700nmを超えてもわずかに黄を感じてしまう)、純紫軌跡(じゅんむらさききせき)上にあります。スペクトル上にないので波長は定義できず、補色主波長が497nmという表現になります。


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 そしてJuddが理論的に構築したモデルが↓。

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 係数をそれぞれ5倍すると、、、5と2!そうです、ここから500と200が出てきたのです!Juddスゴイ!(Juddのすごさはエンジニアが考えるカラーコーディネート三カ条で)

 この経緯もほとんど語られておらず、私も最近恩師の講演で知りました。「みんな教科書に載ってる式を疑わず使ってる(できるまでのプロセスにも興味を持て!)」というお言葉、身に沁みます。。。


21/10/16追記

 新編 色彩科学ハンドブック(現在の第3版ではなく初版、日本色彩学会編、東京大学出版会)に、Adams-Nickersonの色差式からCIELABを導出する具体的な方法が載っていました。

 そこでは、下記色差式の係数、Δ(VX-VY)は1.0、Δ(VZ-VY)は0.4、がベースとなって、500と200になった経緯が書かれていました(AdamsのChromatic Value空間が既にこの係数だが、、、)。

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 Juddのモデルは1949年にできたので、ちょうどAdams-Nickerson色差式と同じタイミングで、同一係数なのは偶然ではなく、同じ理論に基づいているはずです。 


 本内容をもっと詳しく知りたい方は下記をご参照ください。

・川上元郎, "色差計算尺", 色材協会誌, Vol. 36, No. 7 (1963)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/shikizai1937/36/7/36_338/_pdf


・那須野信行, "図で読むL*a*b* 表色系 と L*u*v* 表色系(その2)", COLOR,  No. 150

https://www.jcri.jp/JCRI/hiroba/COLOR/buhou/150/150-5.htm


・小松原仁, "均等色差空間に基づく色差式に関する研究 : CIELAB色空間の均等色差空間への適用変換式の開発", 新潟大学博士論文 (2007)

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000009172898-00




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