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「苦手」の克服に時間を取られすぎている気がする

こんにちは。shioriです。

タイトルの「苦手克服」について今回はちょっと考えてみたいと思います。
※完全に自論です。


私は会社員なのですが、
大学を卒業して新卒で会社に入社してしばらく経った時くらいに上司や先輩色々な人に
今、何をすることが大事だと思いますか?
って質問してた時期があって。

それでちらほらでてきたのが「まずは苦手を克服すること」


これってみんなどう思ってるんだろうーと胸のなかにしまいながら早数年。


苦手なことから逃げるなとか子供の頃からよく聞く話だし、私よりはるかに人生経験積んでる人たちが言うのだから間違ってはないんだろうとは思ったけど、実は一方で違和感もすごく感じていたんです。


多分「まずは」のところに。


たしかに苦手だと“思い込んでいるもの”についてはトライしてみて苦手意識をなくすことが大事なんだけど、人間1つや2つ本当に苦手なことやできないこともあるものだとも思っていて。


苦手を得意にとかいうけど、本当に苦手なものをせっこらせっこらがんばって、得意にするのに必要な時間はかなりだと思う。
がんばっても人並み程度の可能性も高い。


であれば、その時間をまずは得意なことや好きなことにフォーカスして誰にも真似できない自分だけの強みを育てることに多くの時間をあてるべきでは?というのが私の主張。


人間1つや2つくらい弱点があってもいい。
そのくらいが人間味があってちょうどいい。


得意を伸ばした方が
「この人の強みは〇〇だからこれを頼もう」
「あの人これ得意そうだから声かけてみる?」
「苦手な部分は、別の得意な人に頼もう」
こういう選択が周りに生まれる。


ようやくの想いで苦手を克服してその分野において人並みになっただけだったら?
特に思い入れもない仕事を「誰でもいいから君ね」なんて任された日には虚しくなってしまう。


もちろん苦手を克服することは悪いことじゃない。
むしろえらいことだと思うし、
先にも述べた通り“苦手だと思い込んでいたもの“もあるから判断は厄介だ。


でも、それでも、順番としては

①得意(好き)を自覚して、のばす ②苦手克服

でもいいんじゃないかなって。


自分とは違う色を持った人たちが集まって
できないことが人間誰しもあることが前提で補完し合うような生き方の方が
色々な発見とか相互作用が生まれるだろうし
なんだか楽しく生きられるんじゃないかなと私は思う。


仕事だろうがプライベートだろうが
みんな自分が好きなこととか得意なことに自信をもって、もっと楽しく生きれたらいい。


もし、苦手のないスーパー完璧人とか、苦手を努力して克服したのだ!
って人がいたらきっと私みたいな考え方は腹がたつかもしれない。
みんなやってるのだから頑張れ、と。



でも、多分、できないことは人間だったら必ずあるものだと思う。
たまたま運よく、それができなくても特に困らないとか、みんなできないことだったりとかだと思う。あとは自覚してないことかも。



周りも人間誰しもできないことの1つや2つくらいあるでしょ、ってマインドで最初からいたら、もう少し寛大に楽に生きれると思うのです。



人間なのでイラつかないことが苦手な人も
もちろんいるはずだから否定はしないけど。


得意なことは自分だけじゃ気づかないこととかもあったりするだろうから、
「あなたのすごいところはここだよ」ってことを
仕事でもプライベートでもちゃんと伝えられる人になりたいなと思います。




最後に余談、
ここまで書いといてあれだけど、
この人苦手なこと頑張ってやってるなって瞬間ってとっても愛おしく思ったりもする。

たまに苦手なことに挑戦してみても良いかもですね、得意を育てる間に。


Shiori


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