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推しがいるお仕事 #推し短歌

〈月曜からのおしごと〉

朝一番覗くあなたの予定表
「出勤」「外出」私の占い

席につき君を観測午前9時
月曜というおしごとスタート

問い合わせ「お待たせしました」君の声
当たりの受話器耳に押し当て

電話口名乗れば「なんだ、君じゃない」
よそゆきの声剥がすのが好き

総務部の声しか知らぬ君のこと
たぶんあなたはカステラが好き

画面越し君の後ろに植木鉢
「植物が好き」新情報なり

「ミュートです」伝えて火照る君の頬
そっちの顔を箱から出したい

手づくりに変えたあなたのお昼ごはん
どうしてなのか気になっている

君の字で書かれた付箋「ありがとね」
そっとはがしてまたつけてみる

好きという気持ちは社内じゃカスタード
推しなる言葉でメレンゲにして

「わからないことがあります」君が来る
わかることなどなくなればいい

「あの件さ」チャットで済むのに君の席
陽当たりのよい午後の窓際

オフィス内残るはふたり仮面捨て
つづく戯言進まぬ仕事

定時過ぎ君のアイコンふと見れば
緑の合図まだいてもいい

エレベーターふたりきりでの7秒間
もっと大事に使えばよかった

おみやげのために社員を数えてる
君だけ渡す理由がまだない

好きなれど「推し」という語に押し込める
人事異動を見つめる三月


「会社」×「推し」

「推しがいるお仕事」をテーマに詠んでみました。推しがいるお仕事は楽しい。そしてお仕事には推しが要る。そんな気持ちを三十一文字に吹き込みました。

仕事には推しが必要だ

なぜ会社に行くのか。仕事をするためなのか。違います。推しに会いに行くためです(極論)。

やりたくないことをやって、色んなことを我慢して、たまにはご褒美がほしくなるもの。それはデスクに入っているチョコレートかもしれない。でも本当に力をくれるのは、推しの微笑みだったりして。

隣の先輩、頼りになる上司、慕ってくれる新入社員、声しか知らないあの人。そんな、仕事をもうひと踏ん張りさせてくれる存在。彼ら彼女らに抱いた感情を、三十一文字で冷凍保存しました。

好きという感情は会社で息ができない

会社で人を好きになるのは、怖い。受け入れられなかったとき、壊れるのは自分の気持ちだけじゃないかもしれない。社内恋愛は大きなリスクがあります。

そんなとき。「好き」からスポイトで「推し」というエッセンスだけを吸い上げてみたら。届かなくても、想い通すだけでいいかもしれない。もしくは、面と向かって言葉にできちゃうかもしれない。

「好き」は「推し」になることでまんまるくなって、会社という水中でも息ができるようになります。

でも逆に、「推し」という気持ちはときに相手から返ってきません。相手からの見返りを期待しない、片道切符になります。そんな優しくも哀しい色を帯びた力を持っているのが、会社における「推し」なんです。


会社でのおしごと集

推しがいるお仕事は、こんな場面で構成されています。短歌の材料となった感情たちを紹介します。

〈朝〉
メールチェックよりも大事なこと。あの人が会社に来るのかどうか。星座占いよりも、よっぽど1日のモチベーションを左右するあなたの予定。君がいないのが金曜日なら、3日会えない。そんなの、金曜日なんかじゃない。

朝。席について、君を見つける。あんなに嫌だったのに、会社に来た意味を見つける。君という存在が、週のはじまりを知らせる。さぁ月曜からのお仕事と推しごとに、とりかかろう。

〈電話〉
ダイヤルを押し、問い合わせ。あの部署には4人いる。あの人が出る確率は25%。お願い。…来た!一言目でわかる。今日はあなたとお仕事ができる。

外出先から、自分の部署に電話したとき。先輩がよそゆきの声だったのに、身内だと気がついて声を緩める、あの温度差が好き。何度も何度もやりたくなってしまう。ダメかな。

総務部の電話でしかやりとりしたことがないあの人。何年目かな。どんな髪型なんだろう。でも優しくて仕事ができることは知っている。止まらない空想の中で、あの人の好きな食べものが浮かぶ。きっと、これが好き。

〈リモート会議〉
推しとリモート会議。推しは自宅から接続している。家の中が気になってしまう。すると、画面後方にパキラを発見。植物好きなんて知らなかった!心のメモに、しっかりと書き留める。

推しが画面越しに口をパクパクさせている。一生懸命しゃべってるけど、ミュートだ。教えてあげると、推しは顔を真っ赤にして「ごめんなさい!」とぺこり。さっきまでのお仕事モードよりも、こっちの表情をずっと見ていたい。

〈お昼休み〉
休憩スペースであの人がごはんを食べている。今まで買い弁だったのに、手づくりになっている。恋人がいるとは聞いてない。自分の分だけかな。料理をうまくなりたい理由があるのかな。誰のため?午後は仕事に集中できなさそう。

〈先輩〉
先輩の仕事をお手伝い。席を外していると、机に付箋が。お礼のメッセージが書かれてる。先輩の字、とても綺麗。絶対捨てられない。さて、どこにとっておこう。

あの人のことが好きなのかもしれない。けど、好きと伝えたらきっと仕事に支障が出る。「好き」は濃厚で重たい。だから「推し」だけを抽出して言葉にしてみる。卵白だけをとって、泡立ててみるように。

〈後輩〉
後輩が仕事の質問をするために、席にくる。教えるたび、君は成長してひとり立ちしていく。こんな風に来てくれることも、いずれなくなる。それは先輩として望むことであり、望まないことでもある。

仕事の進捗を君の席に聞きにいく。正直、チャットでも済むような内容。けれど、直接話をしたくて。スタンプなんかで、終わらせるなんてもったいない。高鳴る鼓動とともに、君がいる窓際へ。

〈残業〉
夜遅く。社員は皆帰り、オフィスにいるのは君とぼく。仕事中はかしこまって話すのに、2人だけだと気が抜けてしまう。早く仕事を終わらせなきゃいけないのに、普段より会話がはずむ。なんのために会社にいるのか、わからなくなっちゃった。

とっくに定時を過ぎた。まだ仕事が残ってる。早く帰りたい。ふと社内SNSであの人のアイコンを見る。緑の表示は「連絡可」。まだ仕事してるんだ。あの人が頑張ってるなら、もうちょっと頑張ってみようかな。

〈帰り〉
推しとエレベーターが一緒になった。想定外だ。どうしよう。何話そう。「ご自宅どちらですか?」とか聞いてもいいのかな。入り込み過ぎかな。あっ、1階になっちゃった。なんでいっつもチャンスを生かせないんだろう。

〈休み中〉
旅行先で、お土産に悩む。課のメンバーと事務員さん合わせたら、何個入りのお菓子がいいかな。本当はあの人だけに特別なものを渡したい。けど変だよね。びっくりするよね。いつかはそんな風に、特別扱いできればいいのに。

〈人事異動〉
あの人が異動する。もう、ほとんど会えない。好きだった。けど認めたら、この気持ちを失う。好きじゃない。これはきっと「推し」っていう感情。だから社内恋愛なんかじゃない。


三十一文字で保存した、消したくない感情たち。
そんな感情とともに、明日からもおしごとおしごと。

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