推しがいるお仕事 #推し短歌
〈月曜からのおしごと〉
「会社」×「推し」
「推しがいるお仕事」をテーマに詠んでみました。推しがいるお仕事は楽しい。そしてお仕事には推しが要る。そんな気持ちを三十一文字に吹き込みました。
仕事には推しが必要だ
なぜ会社に行くのか。仕事をするためなのか。違います。推しに会いに行くためです(極論)。
やりたくないことをやって、色んなことを我慢して、たまにはご褒美がほしくなるもの。それはデスクに入っているチョコレートかもしれない。でも本当に力をくれるのは、推しの微笑みだったりして。
隣の先輩、頼りになる上司、慕ってくれる新入社員、声しか知らないあの人。そんな、仕事をもうひと踏ん張りさせてくれる存在。彼ら彼女らに抱いた感情を、三十一文字で冷凍保存しました。
好きという感情は会社で息ができない
会社で人を好きになるのは、怖い。受け入れられなかったとき、壊れるのは自分の気持ちだけじゃないかもしれない。社内恋愛は大きなリスクがあります。
そんなとき。「好き」からスポイトで「推し」というエッセンスだけを吸い上げてみたら。届かなくても、想い通すだけでいいかもしれない。もしくは、面と向かって言葉にできちゃうかもしれない。
「好き」は「推し」になることでまんまるくなって、会社という水中でも息ができるようになります。
でも逆に、「推し」という気持ちはときに相手から返ってきません。相手からの見返りを期待しない、片道切符になります。そんな優しくも哀しい色を帯びた力を持っているのが、会社における「推し」なんです。
会社でのおしごと集
推しがいるお仕事は、こんな場面で構成されています。短歌の材料となった感情たちを紹介します。
〈朝〉
メールチェックよりも大事なこと。あの人が会社に来るのかどうか。星座占いよりも、よっぽど1日のモチベーションを左右するあなたの予定。君がいないのが金曜日なら、3日会えない。そんなの、金曜日なんかじゃない。
朝。席について、君を見つける。あんなに嫌だったのに、会社に来た意味を見つける。君という存在が、週のはじまりを知らせる。さぁ月曜からのお仕事と推しごとに、とりかかろう。
〈電話〉
ダイヤルを押し、問い合わせ。あの部署には4人いる。あの人が出る確率は25%。お願い。…来た!一言目でわかる。今日はあなたとお仕事ができる。
外出先から、自分の部署に電話したとき。先輩がよそゆきの声だったのに、身内だと気がついて声を緩める、あの温度差が好き。何度も何度もやりたくなってしまう。ダメかな。
総務部の電話でしかやりとりしたことがないあの人。何年目かな。どんな髪型なんだろう。でも優しくて仕事ができることは知っている。止まらない空想の中で、あの人の好きな食べものが浮かぶ。きっと、これが好き。
〈リモート会議〉
推しとリモート会議。推しは自宅から接続している。家の中が気になってしまう。すると、画面後方にパキラを発見。植物好きなんて知らなかった!心のメモに、しっかりと書き留める。
推しが画面越しに口をパクパクさせている。一生懸命しゃべってるけど、ミュートだ。教えてあげると、推しは顔を真っ赤にして「ごめんなさい!」とぺこり。さっきまでのお仕事モードよりも、こっちの表情をずっと見ていたい。
〈お昼休み〉
休憩スペースであの人がごはんを食べている。今まで買い弁だったのに、手づくりになっている。恋人がいるとは聞いてない。自分の分だけかな。料理をうまくなりたい理由があるのかな。誰のため?午後は仕事に集中できなさそう。
〈先輩〉
先輩の仕事をお手伝い。席を外していると、机に付箋が。お礼のメッセージが書かれてる。先輩の字、とても綺麗。絶対捨てられない。さて、どこにとっておこう。
あの人のことが好きなのかもしれない。けど、好きと伝えたらきっと仕事に支障が出る。「好き」は濃厚で重たい。だから「推し」だけを抽出して言葉にしてみる。卵白だけをとって、泡立ててみるように。
〈後輩〉
後輩が仕事の質問をするために、席にくる。教えるたび、君は成長してひとり立ちしていく。こんな風に来てくれることも、いずれなくなる。それは先輩として望むことであり、望まないことでもある。
仕事の進捗を君の席に聞きにいく。正直、チャットでも済むような内容。けれど、直接話をしたくて。スタンプなんかで、終わらせるなんてもったいない。高鳴る鼓動とともに、君がいる窓際へ。
〈残業〉
夜遅く。社員は皆帰り、オフィスにいるのは君とぼく。仕事中はかしこまって話すのに、2人だけだと気が抜けてしまう。早く仕事を終わらせなきゃいけないのに、普段より会話がはずむ。なんのために会社にいるのか、わからなくなっちゃった。
とっくに定時を過ぎた。まだ仕事が残ってる。早く帰りたい。ふと社内SNSであの人のアイコンを見る。緑の表示は「連絡可」。まだ仕事してるんだ。あの人が頑張ってるなら、もうちょっと頑張ってみようかな。
〈帰り〉
推しとエレベーターが一緒になった。想定外だ。どうしよう。何話そう。「ご自宅どちらですか?」とか聞いてもいいのかな。入り込み過ぎかな。あっ、1階になっちゃった。なんでいっつもチャンスを生かせないんだろう。
〈休み中〉
旅行先で、お土産に悩む。課のメンバーと事務員さん合わせたら、何個入りのお菓子がいいかな。本当はあの人だけに特別なものを渡したい。けど変だよね。びっくりするよね。いつかはそんな風に、特別扱いできればいいのに。
〈人事異動〉
あの人が異動する。もう、ほとんど会えない。好きだった。けど認めたら、この気持ちを失う。好きじゃない。これはきっと「推し」っていう感情。だから社内恋愛なんかじゃない。
三十一文字で保存した、消したくない感情たち。
そんな感情とともに、明日からもおしごとおしごと。
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