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「あーあ、忘れものしてよかった!」
「ここのやつ、ふわっふわだし、甘さ控えめで最高なの!」
大好きな先輩2人に囲まれながら、パンケーキに切り込みを入れる。中にこもった蒸気と甘い匂いが溢れ、「今日が休日だ」ってことを再認識させてくれる。
幸せな休みの日。けれど、ちょっぴり寂しい。こうして一緒に過ごせるのが、あと少しだとわかってしまったから。
・・・・・・・・・・・
この間、よさこいサークルで忘れものを預かった。練習場所に、誰かが練習着を置いていってしまったのだ。
グループLINEに写真をあげると、すぐに1人の先輩が反応した。
「私のです!ごめん!」
次の練習で渡そう、と思ったけど、しばらく練習がない。そこで、翌日カフェで落ちあうことに。「せっかくなのでお茶会にしよう」ということで、メンバーがもう1人来ることになった。わくわく。
ここで、登場メンバーの紹介。
①リスさん
忘れものをしてしまった、女性の先輩。無邪気で明るく、チームのムードメーカー。公園で練習するとき、近くの菜の花畑に歓声をあげるほどの純粋な心の持ち主。シャボン玉キットを持たせると少女のように遊んでくれる。リスのように動き回って愛嬌があるので、今回はリスさん。
②ハムさん
お茶会の招集に馳せ参じてくれた、女性の先輩。のほほんとした雰囲気を放ちつつ、天然発言でチームを笑いの渦に誘う感性の持ち主。練習帰りに「白米には結局何が合うのか」という議論に真剣に付き合ってくれる。納豆だった。ハムスターのように小さくて、ゆるい存在なので、今回はハムさん。
大好きな先輩たち。2人とも、ぼくを弟のように扱ってくれる。先輩たちと話しているときは、自分の年齢を忘れる。26歳って、こんなにゆるく適当に話していいんだっけな。
けれども、リスさんとハムさんは先日の練習で「チームを今年いっぱいで辞める」という宣言をした。突然だった。急に高いところで、不安定な場所に立たされるような不安にぼくは包まれた。
2人ともこのチームで、誰よりも楽しそうだったのに。せっかく、仲良くなり始めてたのに。置いてかないで。ぼくにとっては、あなたたちとの思い出はこれからなんだ。
辞める理由は、ぼくが触れられるよりも深いところにあって、はっきりとは聞けなかった。人には人の乳酸菌と事情がある。
けれども、チームを離れることなんて忘れてしまうくらい、今日は楽しいおしゃべりと共にパンケーキを口に運んでいく。甘くてフワフワの塊を、人は深刻に食べることができない。
ただ、メープルシロップをたらしながら、ぼくは迷った。「辞めないでください」って言うには、ここがチャンスなのかも、と。もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
けれど、ぼくは今まで「誰かが去る瞬間」を止めたことがない。当然いなくなってほしくないのだけど、口に出せない。「本人が決めることだし、迷惑かな」って思ってしまう。
だから今回も、諦めかけていた。チームに入ったばかりの少年が、しゃしゃりでる場面ではないはずだ。きっと、そうだ。こうやって仕方ない別れを、呑み込むことに慣れるしかない。それが大人、だよね。
そうして、ぼくが勝手に大人へのふんぎりについてナヨナヨしている反面、リスさんとハムさんのおしゃべりは盛り上がっていた。
「私、登山とかやってみたいんだよね。」
「わかる!誰かやったことある人がいればね。」
えっ!出番来た。ナヨってる場合じゃねえ。何を隠そう、ぼくの趣味のひとつに登山がある。
「ぼく、登山たまにしてて。道具もあるんですよ。」
「えっ!そうなの?連れてってよ!」
話がトコトコと進み、「軽めのハイキングからみんなで行こうよ」と具体化してきた。そのとき、グラついていた心にグッと支えがついた感覚がした。
そっか。チームを辞めても、会っていいんだ。よさこいじゃなくても、繋がれるんだ。至極当たり前のことだけど、ここで気がついた。
そのとき、心に信号が走った気がした。「離しちゃダメだ」と直感がささやいている。こんなに一緒にいて居心地が良いと思える人との関係を、簡単に手放してはいけない。
ふと、思い出した。2人がチームを離れると宣言した日のこと。メンバーひとりひとりがチームの今後について話すことになった。
ぼくは今後について上手く話せなかったけれど、チームへの思いの丈を言葉にした。転勤で誰も友人がいなくて心細かったこと。そのときこのチームに出会い、心の拠り所になったこと。他でもなく、ここのメンバーでいられて良かったこと。
そのとき、ハムさんがつぶやいた。
「ここを“選んだ”のは、よさくだよ。」
そうだった。誰かに言われたんじゃなくて、自分で探して、自分の意思で数あるチームから選んだ。入るという決断をした。
学生と違って、社会人は人間関係が選べる。そりゃあ職場は選べるようで選べないけれど。会社以外で、どんなコミュニティに入るか。どんな人がいる場所に足を運ぶか。自分で決められる。
「この人たちと一緒にいたい」と思ったら、自分できっかけを作らなきゃなんだ。この繋ぎとめる努力を諦め続けたら、「この人は離しちゃダメ」という心のレーダーが弱ってしまう。
・・・・・・・・・・・
気がつけば、おかわりドリンクのコップがテーブルに溢れてしまうほど長居していた。居酒屋かと思った。
コーヒーと紅茶でおしゃべりし続けられる人がいることが、ぼくにとっての幸せの指針の一つかもしれない。
さて、お開きにしようかというとき、リスさんが笑顔でつぶやいた。
「あーあ、忘れものしてよかった!ふふっ!」
また、いつでも忘れものをしてほしいな。
うそ。
次は忘れものがなくたって、会えるようにする。
席を立つと、コップの溶けきった氷が「カチャン」と音を立てた。
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