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ぼくにおつかいを頼んできた店員さんに、もう一度会いたい


みなさんは、もう一度会いたいと思う店員さんはいますか?

ぼくは、いる。

一緒にパンを食べるはずだった、専務のおばちゃん。


🚶‍♂️


ぼくが中学生のときの話。

ぼくはソフトテニス部だった。住んでいるのは田舎だったので、ラケットやテニスウェアを買うために、電車で隣町に行っていた。

その隣町に、小さなスポーツショップがあった。ビルの一角にある、広いとは言えないお店。でも、自分の欲しいものが、ところせましと並べられている大好きな空間だった。

そこに、他の店員さんから「専務」と呼ばれているおばちゃん店員がいた。いかにも八百屋にいそうなハリのある声と雰囲気で、正直スポーツショップに馴染んでいなかった。でも、そのあたたかさが中学生のぼくの緊張をほぐしてくれていた。

ある日のこと、その店でぼくは水色のテニスウェアを手に取り、悩んでいた。買いたい。でも、限られたお小遣いの中で、これを買うべきか。すると、にゅっと横から専務の大きな顔が視界に入ってきた。

「とりあえずさ、試着してみようよ。」

言われるがままに、ぼくは試着室へ入れられた。少し戸惑いながらも、絵に描いた空のような水色に、袖を通す。うん、カッコいい。好きかも。満足した気持ちで、試着室のカーテンを開ける。

すると、専務が赤色のウェアをこちらに見せている。

「あら!いいじゃないの!じゃあ次、こっちね。」

え?赤は別にいいんだけどな。てか、着るの指定されるもんなのかな。そうゆうもんなのかな。

どぎまぎしながらも、普段は着ない赤いウェアに身を包んでみる。うん、意外といいかもしれない。こっちも欲しくなってきた。

シャッ。カーテンを開ける。専務がまた、新たなウェアを手にしている。

「う〜ん、甲乙付け難いわね〜!こっちもいってみようか!」

黄色のウェアを手渡された。なんなんだ、これ。スポーツショップってこんなコーディネートされ続けられる空間だっけ。

その後も次々とウェアを渡され、コーディネート大会が開催された。不思議な気分だけど、ちょっと楽しい。ドラマで冴えない主人公が、カリスマコーディネーターに色々な洋服を着させられて、めちゃくちゃオシャレになるシーンがある。あの主人公の気分だ。カリスマコーディネーター、おばちゃんやったけど。

そんな風に、専務は何かと世話焼きな人だった。ぼくがお店に行くと、いつも気軽に話しかけてくれた。

そしてある日、友達とそのスポーツショップで買い物をして、お会計をしているときのこと。専務がレジを打ちながら話しかけてきた。

「今日、休みでしょ。みんな、このあとどこに行くのよ?」

「あ、ジャスコに行きます。」

「あら!そしたらね、近くに美味しいパン屋さんがあるのよ。教えてあげる。あら!なんだか思い出したら、そのパン食べたくなってきちゃった!お金渡すから、適当にパン買ってきてくれる?」

おつかいを、頼まれた。そんなことある?お客さんにパン購入ミッションを繰り出しちゃう店員さんいる?

下校時に近所の人に「おかえり〜」と言われてなんて返すか迷うときくらい戸惑ったが、とりあえず専務に言われたパン屋さんの行き方をメモした。

そして、ぼくらはジャスコのゲームセンターで遊んだあと、パン屋を探した。当時、誰もスマホなんて持っていないため、捜索は難航した。

近所の人にパン屋を尋ねながら、なんとか発見した。専務、近いとか言ってたけど割とジャスコから遠かったよ。そして、パンを10個ほど買い占めて、ホクホクとした気分でお店に戻った。

正直、少し期待していた。専務は寛大な心を持っているし、「好きなパン、食べていきな!」みたいな粋な計らいがあるのではないかと。

そして、少しでも専務のために何かしてあげられたという充足感と一緒に、スポーツショップの扉を開いた。

あれ?専務がいない。裏にいるのだろうか。レジにいるお姉さんに、恐る恐る話しかけてみる。

「あ、あの…。こちらの専務にお金をもらって、パンを買ってきたんですけど…?」

スポーツショップで交わされる会話ではない。もう一度冷静に、なぜおつかいを頼まれたのか不思議になる。

お姉さんは少年たちの謎の言動に困惑していたが、なんとか状況を把握してくれた。

「実は、専務は今いなくて…。しばらくは戻りそうにないんです。」


いや、専務いないんかーーい。

確かに、ジャスコでUFOキャッチャーに興じてたり、道に迷ったたりした時間あったけども。でもまあ、しょうがない。

「じゃあこれ、専務に渡しておいてください。」

レジカウンターに、袋に詰まったたくさんのパンを置いた。パン捜索隊たちは専務に褒められると思ったため、しょんぼりしながらお店を後にした。

それからぼくは中学を卒業し、そのお店に行くことも少なくなった。たまに行くこともあったけど、専務に会うことはなかった。

おつかいに感謝されながら、専務と一緒にパンを食べたかったなぁ。この気持ちは、行き場所もなく、宙に漂ったままだ。


ある飲食店の店員さんから聞いた話がある。「いっつも来る常連さんが、ある日パタっと来なくなることがあるの。それってすごく不安になる。引っ越しただけかもしれないけど、病気やケガかもしれないって。でも、確かめる方法は何もないの。」

これは逆の立場でも思う。お客さんの立場でも、店員さんに突然会えなくなると、不安になる。お礼を伝えたいと思っても、言えることなく時間だけがすぎていくことがある。

専務は、美味しくパンを食べてくれたかなぁ。「意外と遠かったですよ」ってちょっと意地悪に言ったら、どんな反応をしたかなぁ。

もう一度会えるなら、パンを袋いっぱいに詰めて、大きくなった自分の姿を見せたい。


いつ会えるか分からなくなってしまう人には、感情を余すことなく、伝え切りたいと思う、今日この頃です。

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