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夜野群青 → 理柚 03/12

理柚さんとの往復書簡、3話目です。
先日、理柚さんからいただいた手紙がこちら。

花の季節が終わり、緑の季節を迎えるときに降る雨の名前が思い出せずにいます。そんなうつろな毎日の中で、そら豆のふかふかした寝床に爪が沈むとき、耳をすませば浅蜊が砂を吐く音が聞こえたとき、夜が深まったときの空の色を見たとき、あなたの手紙を、そしてあなたがつくったものを手のひらに置いてみたりします。

そう、私の元には、あなたがつくったもののいくつかが確かに存在していて、(瑕疵にまつわる物語や、うつくしく、あいらしいものたち、ことばを封じ込めたどこかせつないきらめきなど……)それらは、形状は違ってもひとつの線でつながっていることを感じます。あなたはきっと、たましいの近くにある創作の窯の火が、ずっと燃え続けているひとなのでしょう。

そんなあなたとよく似ていながら、ある一点においては全く違う「私」についてなにかを語ろうとすると、どうしたことか言葉がどんどんしぼんでいくのを感じます。いわゆる「こころ」で思うことのどれほども的確な言葉として外に出すことができず、出したところでそれはとてつもない嘘になったり、思いもよらない真実になるということに臆病であるが故なのでしょう。そんな私ですから、あなたの「理解し合えるか」という問いが胸の深くにぐさりと刺さり、口ごもるばかりなのです。

でもそんな「言葉」を使って、私は「詩」を、もしくは自分が「詩と思い込んでいるもの」を時々つくったりするのですから、おかしなものです。

本当に「詩」って一体なんなのでしょうね。

明確な答えが欲しいような、わからないことを楽しんでいたいような気もしますが、せっかくだから「読む」ときの話をしてもいいですか?

詩文が鳴っている、と感じることが時折あります。文字列があたまの中で音になって鳴り、向こう側の呼吸と息継をも感じられる、読むという意識を手放しても、声として音にしなくても、なだれこんでくるその感覚。その感覚を、私はとても大切に思っていて、それが一体何から来るものなのか知りたい、と常々思っています。静かに潜んでいるテクニックなのか、緻密に組み立てられた構造なのか、説明できない揺らぎなのか、筆者のまばゆい感性なのか、それともそのときの「私」という箱の状態なのか。

あなたは、詩や文章を読むときにどんな感覚を大切していますか?

以下、わたし、夜野からの返信です。

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――ぽつぽつ、と、雨、

あなたが住む街にもう紫陽花は咲いていますか。
それからあの雨の名前を思い出せたでしょうか。
わたしの街の、観音さんの池のまわりにも紫陽花が咲き始め、寺の軒下では亀が土を掘り返し産卵の準備をしているのを今日散歩中に見かけました。
いつのまにか躑躅は花冠を黒々と濡れたアスファルトの上に落とし、蒸した蒸気は気化し、季節はめまぐるしく日々移ろい変わっていくというのに、わたしといえばいまだ同じ場所で停滞し世界からとり残された気分でいます。近くに在るものはスロウなのに、わたしから離れて在るものは速度をぐんぐんあげ、通過して、この眼には雨粒を抱く紫陽花のように眩しく映るばかりです。

朝、息子の好きな4枚切りの食パンをこんがりとトースターで焼くとき、買い物のお釣りを投げるように渡されたとき、あの子との約束を守れない自分に気づいて落ち込んだとき、自分で縫った布団カバーを着けた布団の中で、夜に潜るときもわたしにの片隅にありました。あなたから手紙を貰ったあと、ずっと考えていたのです。
その一点とはなんだろう、って。
きっとあなたを通して視えるわたしのことも深く深く探っていたのかもしれません。
そしてわたしは何かを読むとき、感覚を揺さぶるものを、今までのわたしを壊すものを大切に考えているようです。
白だと思い込んでいたものが黒だったり、汚いと感じた裏側に隠されていた美しさであったり、そう、これをもし音で言い表すならばそれは「世界のへし折れる音」、聴くことで痛みを伴うとしても聴いてみたいと思っていて、頁をめくります。

ご存知のように、わたしには音符の意味さえ分からず音楽を演奏する技術やセンス、また語るだけの知識もなく、それまで無くとも不自由なく生きてこれたので(もちろん好きな音楽を聴き救われはするけれど)あなたの詩文が鳴ると云う表現には驚きを隠せません。
あなたの耳、正確にはあなたのあたまはどうなっているのだろうか。
もし垣間視る(聴く? 感じる?)ことが出来たならどんな世界がひろがったことでしょう。悲しいことに、わたしには想像する事すら難しいようです。
でも、あなたもわたしを視て同じようなことを感じているのではないか、とある種の確信めいた気持ちを持っています。
ふふ少し自意識過剰でしょうか。

雨音が
鳴る
/ シ
みたいに

良かったら、これからくるであろう雨の時間に合うあなたの思い出話をぽつぽつとわたしにしてくれませんか?

あなたの音に纏わる話を聴いてみたいな。

夜野群青


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