見出し画像

夜野群青 → 理柚 05/12

理柚さんとの往復書簡、5話目です。
先日、理柚さんからいただいた手紙がこちら。

あなたが住む街の風景が(きっと行ったことも見たこともないはずのその風景が)なんだか懐かしい、と感じてしまうのはなぜでしょうか。とても不思議です。そして、私の住む街でも紫陽花が濡れています。結局、あの雨の名前を思い出せないままの6月が終わろうとしています。

あなたの「読む」ときの感覚、とても興味深く読ませてもらいました。
「世界のへしおれる音」に、正直、どきり、としました。私も「今の自分を壊して開かれたい」といつも心のどこかで思っているのかもしれません。

そして、あなたの


 聴くことで痛みを伴うとしても聴いてみたい


この言葉。あなたと私の明らかに違う「一点」に通じている、と強く感じるのですが、それはまた違う機会にお話しましょう。


「詩」について、多くのことが分からないように、実は「音楽」についても、あやふやでしっかりとは掴めない、そんな感覚をずっと持っています。ただ、最近はこう思うことが多いのです。「人」は、もともと体の奥底にその人特有の速度や律動、旋律の奏で方、のようなものを備えていて、それをできる限り自然に、時には少し工夫を凝らして外に出すことができたとき、そして、その波長がこちら届いたとき、私はそれを「音楽的」だと感じることがある、ということ。その意味から、あなたの詩や創作物に、私は「音楽」を強く感じるし、「言葉」を手段とした紛れもない音の世界がある、と感じるのです。


雨音が
鳴る
/ シ
みたいに

このフレーズ、とても素敵ですね。せっかくなので、これを元に「思い出」を絡めて言葉をつなげてみました。

雨音が
鳴る
降り始めたばかりの
やわらかな音だけが 
/ シになる

濡れゆくもの 滲みゆくもの
思い出の多くはどこか虚ろなのに

小さなころに見た
線路際に咲く紫陽花の
色が 
今も
染む
/ シ
みたいに


そう、色ー。あなたの作品にはいつも鮮やかな色もありますね。創作する上で、「視覚」も大切にされている、と常々感じていますが、それがどこから来るものなのか、いつも知りたい、と思っています。あと、そうだな、夏の好きな色、なんかも教えてくださると嬉しいです。ちなみに私の夏の一番好きな色は、揚げた茄子の色です。

以下、わたし、夜野からの返信です。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

長雨の毎日ですが七夕の夜は雨がやみ、こちらでは時折絶え間なく流れる雲の隙間から朧気な月が顔を出していました。
織姫や彦星が群青の河に涙を零すことなく、月明かりのもと短い逢瀬だとしても無事に出会えたのかと思うと、虚構の物語であるというのに、わたしは少し安堵してしまいました。
ただここ最近の天候を見ると、遠い未来には催涙雨だとか雨の名前も忘却の彼方に追いやられてしまうのかもしれませんね。

前にもらった手紙の「揚げた茄子の色」
確かに、鮮やかで、凛と澄んだ色をしています。
とても美しい色です。
わたしの住む地域は水なす漬けが有名で、食の進まない夏になると、大きな茄子が糠と一緒に袋に入れられて店頭に並びます。糠を取り除き、茄子の実を包丁で切らずに手で割いて食べます。割くとじゅわじゅわと熟れた果実のように瑞々しいので「水茄子」というらしいのです。
結婚してこの土地に住み着いてから十七年の歳月が経とうとしています。
それまでは市街地に程近い土地に住んでいましたが、幾許かの距離を隔てるだけで、こうも違うのか!と驚いたものです。
春には蕨や筍、夏には紅ずいきに水茄子、秋には里芋と春菊、冬の終わりには蕗、朝に採れた野菜が我が家の食卓を飾ります。
こうしてこの地に住まなければ、水茄子の渋みのある艶やかな色や淡甘な滋味溢れる味に出会うことはなかったでしょう。
わたしにとってそれは、世界のへし折れる音、でありました。
ちょっと話が逸れましたね。
手紙を貰ってから「好きな色」を必死に頭に思い浮かべてみましたが、どれか一色を選ぶとなると難しいのです。
そこでわたしは「嫌いな色」について考える事にしました。嫌いな色が判れば、好きな色が判るのではないか――。
然し乍ら、これまた思い浮かびません。
これは夏の色に限った事でもないようです。
秋の色でも、冬の色でも、海の色でも、空の色でも、どうやら。

そして、わたしは前回の返事をもらってから、随分と長い間、何も書けないでいました。自分の内に答えが無い、もしくは答え合わせがまだ出来ていないということだろうな、と思います。
そんな理由から長い間、返事をお待たせしてしまいました。
初めに考えていた内容とはかけ離れたものになってしまったけれど、書けないでいることを素直に書けば良かったのですね。
こんな手紙もありかしら?
夏の終わる頃には、答え合わせができて、そのことについて書けるといいなと思ってます。

夜野群青


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?