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短編小説|塵になった貴方を探して

 海岸から砂を持ち帰っては、顕微鏡で眺めている。とうの昔に塵になって死んだ恋人がいるかもしれない、と希望を捨てきれずに。
 恋人は千年を生きた吸血鬼だった。時々、女性から注射器一本分程度の血をもらうくらいの少食で、血を飲まない時はミルクを飲むか、トマトを擦り潰して飲んでいた。吸血以外で人を誑かした事はないし、僕という恋人ができてからは特に他人を襲わなくなった。
 無害な吸血鬼だと僕は思っていた。
 あの夜までは。
 海を見に行った恋人の帰りが遅いので、迎えに行った。月が丸く満ちている夜だった。
 海岸に彼はいた。呼び掛けようとした声は闇に消える。彼は見知らぬ男に胸を杭で貫かれていた。
 男はヴァンパイアハンターらしい。吸血鬼の目撃情報を聞きつけてやってきたという。なんて傍迷惑な男だ。
 恋人の名前を呼ぶと、彼はニコリと笑ったまま塵になってしまった。
 その塵をかき集めようとする僕を、男は蹴り飛ばして、海岸の砂浜へばら撒いてしまう。あまりにも軽くなった恋人は、わずかな風でも飛ばされてしまい、海岸で散り散りになっていく。やめてくれ、という願いは聞き届けてもらえなかった。
 その日以来、僕は海岸の砂を持ち帰っては恋人の欠片を探している。何年もかけて、ようやく頭部程度の量が集まった。
 かき集めた塵に僕の血液を垂らす。
 細かな塵は少しずつ形を成していき、ようやく恋人の顔が形作られた。
「君、他にもやる事あったんじゃないの?」
 首から上だけ再生した恋人は、開口一番に文句を溢した。どんな言葉でも今の僕には嬉しい以外の感情は湧かないけれど。
「あなたに会う以上にやりたい事なんて、なかったから」
「とんだ物好きだ。でも、君のそういうところが好ましいと思うよ」
 彼の体を元に戻すためには、まだまだたくさんの塵が必要だ。この先何十年かかろうとも、僕は彼の欠片を集め続ける。

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