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ある日の会話。(24.10.8)

「しあわせは人それぞれな訳でさ、僕が察するにキイチはユエンにくっついて寄り掛かっている事で安心できるしそれを拒絶されないことが嬉しくて、ユエンはキイチがそうやって自分をちょっとした止り木としてでも頼ってくれるのが嬉しいのだと思うよ。そういう小さな気持ちの積み重ねが彼らのしあわせというものだったんじゃないかな。…当て付けの愛も付け焼き刃の幸せも…結局は誰かが見せた幻想、…誰かにとっての理想、そうだろう?」

癖毛の白髪を長く伸ばした青年は鼻先まで落ちた丸眼鏡を鬱陶しげに指で押し上げると隣の黒髪の少年にニヤと笑った。
少年は「まぁ…」と小さく溢した。

「どうしてあそこまで精神的にも肉体的にも充実してます、と目に見える大きな“幸せそう”で着飾って見栄を張らないといけないものかね?…はて一体何のために?誰のためのものなのだろうね?生きとし生けるものの“愛”というのはそんなに物理的なものなのか…それは少々、下品に思えるな」

「……言い方がわるいですけど…まぁわかります…そのものの大小や数ではないかなと、ぼくは大きかろうが小さかろうがそのなかみのウェイトのほうがだいじかなっておもいます…それってそのお互いがわかりあっていれば、ほかにはべつにしられなくてもいいことであって………」

「…同意するよ」

青年が柔かに笑って頷いてからデザートフォークをつまみ取り、その背で真っ白なムースケーキを潰すように崩した。中から対照的な真っ赤なイチゴのソースが溢れてきて広がっていく。フォークの先が生傷を抉るように赤いソースの滲んだムースを掻き混ぜるとゆっくり口に運ばれてペロリと舐め取られた。
少年は呆然とそれを眺めていた。

「ああ、どうして彼らはあんなにも答えを急いていたのか…」

青年がため息混じりに鼻で笑ったと同時に喫茶店の扉のベルが軽やかに鳴った。

「…現実であり架空でもある、同一であり同体ではない、一つの可能性としての存在…」

店に入ってきた2人組を横目に、青年はそう呟いた。




2024/10/08の記録



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