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舞い散る頃に

 眼鏡の汚れを拭きとるように、僕は涙を拭ったんだ。
少しずつすれ違って、少しずつ壊れていく僕らに気が付かないままで、それに気が付いた頃には全てが遅すぎたのかもしれない。
眠れない夜を幾つも数えながら、いつのまにか夜明けを迎えて、朝焼けがあまりに綺麗だったから僕らは離れていくしかなかった。
幸せなんてものにすがりついて、本当のことに目をつむって見ないふりをしながら、伏し目がちに歩いてきた。
繋いできた両手を離す時に君は何を感じ、何を見て、何を想うのだろう。
いつまでも続くはずのない永遠という幻に夢を見ていたのかもしれない。

 出逢った頃の熱量だったり、恋に落ちる瞬間の言い表せない感情だって今もまだ昨日のことのように思い出せるのに、手放す時にきてより色鮮やかに思い出されてしまうのだから美しく残酷なものだ。
時を戻すことが出来るとして、やり直すことが出来るとしたら何処まで戻ればこの現実を変えることが出来ると言うのだろう。
「失恋」と呼んでしまえばそれはそうなのだろうけれど、積み上げてきたものがあまりに長く、多すぎるから僕はこうして壊れてしまうのだろう。

 本当に壊れてしまった世界で目に映る全ては、モノクロに見えてしまう訳じゃない。ただ、色彩を失ってしまうなんて生ぬるいものじゃないのだ。
空の色、街の色、人々の感情の音色、それらはむしろ鮮明に頭の中に流れ込んでくるのだけれど、温度がないんだ。
何をするのにも億劫おっくうで、面倒で何もしたくない。
君を失った、という事実だけがそこに残っていて、それ以外にあるとするのならば、リピート再生される君が好きだった曲だけだ。
頭の中をそれでいっぱいにしていなければ、僕は僕を保っていられない。

 それもこれも君が望んだ世界なんだ。
終わりを見つめて、終わりを望んで、終わりに向かって歩き出す君を止めることも出来たのかもしれないけれど、それは君を深くえぐり、傷付けてしまうことだと知っていながら、引き留めてきた。
それは僕の自己満足でしかない。そうすることで僕は君を傷付け、追い詰め続けてきて、そうしてようやく君が解放される日がやってきた。
ただそれだけのこと、たったそれだけのこと。
僕にも知られず、誰にも知られず、独りきりで選んだ道だというのなら、僕から言える言葉なんて空虚なもの。ただふわりと舞う花びらのようなもの。

――大好きだよ。


                        可惜 夜-Atarai Yoru-

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