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透明な悲しみ

透明な悲しみにこんにちは。透明。こんなに透き通った気持ちはとても静かだった。本当はいつも毎秒毎秒この静けさは私の近くにあって、知らないふりをしていたのだろうか。私が気が付けなかったのだろうか。たぶん後者だろう。生きる年月を重ねる程、静けさを知るように思う。いつも私にあるのは今日だけで、私にあるのは今日だけなのだ。そう自分に言いながらここまで来た。今日が続くのだから、そうやってまた今日を生きればいいのだけれど。受け止めるには心が付いていかないまま現実はいつもどんどん進んでいく。透明な悲しみよ。どう消化したらいいのかわからない現実は私たちに突然やってくる。人間はどう生きたらいいのだろう。そんな大きなことは、小さな私に繋がっているから考えずにはいられない。願わくば人間という生き物は愚かな生き物であるということを忘れたくない。今は真に目には見えないものに対する想像力を持つことが大切な人を大切に出来るひとつの誰にでも持つことを許された人間の叡智だと思う。想像すら及ばない現実があるということを想像すること。今自分が出来ることを見つけること。今の今日の自分を今日の自分で生きること。おはようとさようなら。ありがとうとごめんなさい。またねとまた会えたね。小さなささやきだったり、小さな生活だったり、そういう日常にあふれている愛おしさを抱きしめながらいつか必ず訪れるこの体の死、その日まで私の今日を生きたい。土砂降りの雨のあと差してきた太陽の光の美しさに何故だろう胸がきゅっとなった。それは綺麗で、見惚れてしまった。春の日。

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