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恋愛|勘違いしないと始まらない

恋愛に年齢なんて関係ない、そう思っていたのは去年までのこと。どうして自覚できていなかったのか、それは若いつもりでいるからというよりも、自意識が宙に浮いていました。上も下もない世界に、仙人のように浮いていました。

自覚したのは、ある仕事でずいぶん年下の好青年に出会ったためです。とても爽やかで、健康的で、気難しい人だったらどうしようという不安を一蹴してくれる人でした。

最初、私は彼をひと周りくらい下であると見繕っていました。落ち着いた考え方や物言いが、そう思わせました。それにしては時々、お肌が綺麗に見えるのを不思議に感じるくらい。しかし、会話がひとつ増えるたびに、その見積もった年齢が見当違いであることを確証していきます。私が知ったのは、彼の年齢のみならず、家族構成、郷里、夢、挫折、障害、仕事の悩み、時にはストレスで爆発し気が変になりそうになるとか、そんなこと等など。いまは東京で仕事をしているけれど仲の良い家族が郷里で待っていて、経験を積んで、いずれはUターンして地元で活躍するつもりだと言っていました。

実は、そのとき彼の方は私の年齢を知っていました。だからその身の上話は、まるで「勘違いしないでくださいね、僕はあなたにとって恋愛対象外の年齢ですよ」と強めにお知らせしてくれているようなもの。既婚者が妻子の存在を写真付きで公開してくれるのと同じ。知れば知るほど、聞けば聞くほど、たとえ私に好意はあったとしも、勘違いはできなくなっていきました。

次第に、彼にはいずれ支えてくれる伴侶が現れて、豊かな土地で子供を育てて、それがとても自然で、そうあって欲しいと思うようになっていきました。それは、ほのぼのとした明るい未来。

それを想像する私は、映画を観ているようでした。いつの間にか、彼の人生の登場人物から外れて、外から幸せを願う人になっていました。このとき、自分の年齢を自覚しました。私よりも、私の脳は計算が早くて、映画の構成から私の立ち位置を割り出し、映画館の観客の席に座らせ、綺麗なスクリーンで全貌を観せてくれたのです。

仕事の終わりが来たとき、もう会えなくなるのを察してか、恋愛関係にでもなってしまえばまた会えるのにと思いました。おかしな事を言っているようだけれど、本当につながりがなくなるのが悲しくて、ただもっと一緒にいたい、一緒の時間を過ごしたいと思っていました。

なすすべもなく最後の時がきて、受付嬢だけが視界に入る空間で、彼はこう言いました。

「僕の手には、何もつけてませんよね」

「そうですね、いつも」

「あなたも同じですよね」

「そうですね、私もつけるのが好きじゃないタイプです」

「……  」

あ、そうだと言って、時計をつけていない私は携帯で時間を確認し、慌ててお別れの挨拶がわりに粗品を渡して、最後にお礼を言いました。でも、後で思えば、あれは「指輪」の話だったのかもしれません。彼は私の年齢は知っていても、既婚か独身かは知らなかったのだから。

いや、そうではなくて、彼が確認していたのは「僕の前では付けていませんよね」だったし「僕もあなたの前では付けていません」だったのかもしれません。もう、どっちでもいいけれど。あの頃、何度も勘違いできなかったから、どうもこうも、何も始まっていない今があるのです。



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