ちょ、そこの元サブカル女子!~白川ユウコの平成サブカル青春記 第二十回/だいたい三十回くらい書きます


1996年 平成8年 20歳 大学2年生


☆8月 東京ビッグサイトにてコミックマーケット

 祭りの夏だった。
 友達の友達のお父様が、衣料メーカー「イトキン」にお勤めということで、ファミリーセールの葉書をもらったから行かない?と誘われた。行ってみよう。
 品川駅にはすでにシャトルバスが待機している。何台も満員のお客さんを運ぶ。着いたのは港区のイトキン本社ビル。このビル一棟まるごとバーゲン会場になるという。
 昔の漫画「サザエさん」などでよくバーゲンに群がる女性たちの図があり、新静岡センターや生活倉庫アピタのセールぐらいしか知らない私には正直ピンときていなかった。せいぜい大村洋品店のイメージか。しかし、その戦場を初めて目の当たりにすることになった。    
 50%オフは当たり前!80%オフ!90%オフ!5枚1000円!人の海。人の海。びびってる場合ではない参戦だ!
 予算たしか2~3万円。戦果…JOCOMOMOLAのワンピースドレスとボレロ色違い2セット、緑のラメセーター。NEW YORKERのスーツ上下。MICHAEL KLIENの水色のワンピースと上着。他にも知らないブランドのお洋服をいくばくか。大漁の手ごたえ。これがファミリーセールか…!!
 「よんぱる、コミケ行ったことある?」「ない」「夏コミ行ってみる?」大学の友人・シノブさん(仮)は、色白長身ストレートヘア、化粧品は資生堂とクリニークを愛用、すらりとした美脚をミニスカートから覗かせる山の手のお嬢様だが、その正体は「やおいのソムリエ」。クラスには、一見お洒落な女子大生だが異常に大きなバッグを持ち歩き、お昼休みになにやら荷物を交換する女子たちがいた。中でも特にシノブさんは「この人はこういうの好きそう」という人物プロファイリングと蔵書の守備範囲の広さが半端なく、「よんぱる、これ読む?」と貸してくれたのが、よしながふみ先生による「スラムダンク」の三井×木暮本、通称「みつぐれ」。絵柄、キャラクターの関係性、切ない、しかし容赦ないエロ、なんだこれ!もう私に弩ストライク!「他にもある!?」「よし!もってくるよ!」
 よしなが先生は商業誌から『月とサンダル』『ソルフェージュ』を出し始めた頃で、美しい絵と知性、教養に基づくストーリー、社会の中のゲイの立ち位置への関心などをただならぬ力量を持って描く作家としてシノブさんは注目していた。いつも夏、冬のコミックマーケットにブースを出しているという。ご本人のお顔は知らないけれど、今年も新刊を買いに行くからと誘ってくれた。
 東京ビッグサイトの、一般参加者待機スペースで開場を待つ。帽子と凍らせたペットボトルとタオルは持ってきて、新聞紙は私が持ってくる、とシノブさんからの指示。待ち合わせて合流、待機に並ぶと、意味がわかった。炎天下、ひたすら待つ。新聞紙を敷き、タオルを座布団にして、暑さに耐えながら待つ。彼女は晴海会場時代から参加しているという。心強い案内者だ。
 よしなが先生のサークル「大沢家政婦協会」は当時はまだ、コミケ用語でいうところの「お誕生日席(ブースの列の先頭の位置)」だったけれど、人員整理スタッフがつく盛況ぶりだった。コミケスタッフが「はい、ここで一旦お待ちください。はい、進んでくださーい!」
 無事、お目当ての本をゲット。次なるターゲットは「壁サーに並ぶ。かなり待つからよんぱる自由にお散歩してきなよ。後で待ち合わせしよう」壁サーとは、壁ぎわに配置される人気サークルのこと。スケブ(スケッチブックにイラスト、サインを求める)も持ってきているという。一旦離散して、会場内を歩いた。
 「2リットルの水を飲みながら大汗をかき、タオルで拭きながらリュック、紙手提げ袋、キャリーバッグで買い物をする太った男」みたいな、噂に聞く絵に描いたようなオタク、地味な女の子がファッションについてよくわからないまま精一杯お洒落をしている様子(だからカチューシャとか、靴下と靴の組み合わせとかが微妙)、ちらほらコスプレイヤー(容姿はさまざま、女装男子もいた)、地方から遠征してきたらしき中学生ぐらいの子たち、いろんな人が見えた。たしかにイケてない人が大量に集まっているのだが、不思議と平和で雰囲気は悪くなかった。この日は女性向けの創作、パロディ漫画、小説。もう一日は、男性向けの創作、パロディ、研究評論などだという。どちらかというと私はそちらのほうにそそられたが。やおい漫画も好きだけれど同人作家さん、サークルについてはよく知らないので、記念にほのぼのギャグの並んでいるところで、ドラえもんのスネ夫とドラ美ちゃん のラブストーリーの漫画を買ってみた。売り子の女性たちはたぶん私たちと同年代。笑顔だった。
 待ち合わせ場所で再会したシノブさんはリュックを背負ってホクホク上機嫌。帰りははじめてゆりかもめに乗った。

(8月はまだまだ終わらない。第二十一回につづく。)

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