見出し画像

クレ・ド・ポーという魔

 有吉さんの古い自伝を昔読んでから、「そうか…生活レベルの上下に合わせた暮らしをしないようにした方がいいんだ…。いつ極端に下がるとも知れないのだから、平素から上がってるときの状態でモノを嗜好するのはやめよう」という不安癖がついていた。それはある種浪費家の自分には良い戒めでもある。

◇◇◇

 そのひとつに化粧品があって、過去化粧品関連の業界にいたこともあるくらい好きなので(ジャーナル側、ブランド側双方)やっぱり関心が高い。けれど、収入が良いときに最高峰のものを買えたとしたら、そのすばらしさは手放しがたくなるのはわかっているので、リーマンショック時に手持ち50円という経験を持つ私としては中間クラス帯あたりをうろうろすることがよかろうという考えだった。基本はこの姿勢。

 中間といっても百貨店ブランドであればまあ良いお値段品と言えるのだろうけれど、もっとはっきり言おう。クレ・ド・ポーとかポーラとかゲランでスキンケアをライン使いすることはしないと決めている。正直、幾度か単品でそれぞれを購入・使用してくればラインで使うことの至高の価値はわかろうというものだ。でも心の中でいつも、「いつ落ちぶれるともわからない暮らしなのだから絶対にダメよ。手のとどくとどかない、ぎりぎりのラインで抑えるのよ!」と、自らの耳にささやく天使の自分がいるのだった。無論、メイクアップ品のひとつやふたつであれば構わないのだ。値が張るのは変わらなくともご褒美感もあるし、なにしろ全ライン使いでなければ平素の支出に甚大な影響はないからだ。

 ところが、最近きわめて危険な状況が起きている。起こしている。

 絶対にむやみに手を出してはいけないと数十年誓ってきたクレ・ド・ポー品が少しずつ増えているのだ。ああまずい。この良さを知ったいま、買えなくなったときの悲嘆を想像するといまからこわい。そのようにしておびえながらいるほどにクレ・ド・ポーの沼が危険信号である。

◇◇◇

 最初に手を出したのは「ル・レオスールデクラ」。はい、なんざんしょねこれは!ってくらい私が与えた別名は「きらきらするパウダー」です。もともとは手持ちのルースパウダーがマット目につくので目元に光を添えたいわ~と思っていたとき、ふらっと立ち寄ったクレ・ド・ポーのカウンターでの出会い。この手の他社のある程度高級ラインも試したけど口コミに反する拍子抜けを味わっていたのでものすごい不遜な態度で美容部員さんがつけてくれるのを見ていた。まあこのあとは想像のとおり、他社品にないどこまでも極上のやわらかな光を載せた状況に驚愕して購入に至る。

これはゲランで買ったとても気に入ってるプランパー

 問題はこのときに美容部員さんが私の状況’(初めて人里に降りてきた野生の狼に育てられた子ども的な)に合わせて、押し売りをせず不必要なものを勧めず、そっと考え抜いたサンプル品をしのばせた戦略にこのあと数ヶ月にわたってはまり込んでいくのだった。

 まず下地。これに関しても他メゾンの評判の良い下地を買ったはいいがあまり肌に合わず、「どうせ下地なんてどこも一緒なのにね~」とサンプルを使って言葉を失う。な、なんなんだよこれは・・・そして一日を過ごした肌がメイクを落とすとぴかぴかと光っており、下地の威力を知る。無論、ひと月後にこの下地を買いに行ったのは言うまでもない。さらにそのとき、同じ美容部員さんは私のスキンケア状況をうまくヒアリングした。まだ私の警戒心は強く、沼の手前で「いい感じの水量ですね」と高見の見物ができるレベルにはあった。

 スキンケアラインのサンプルに加え、クッションファンデのサンプルをくれた。ハイライター、下地と買いに来たからには次はこれだろう、と誰でも思うはずだが、このクッションファンデがこれまた笑ってしまうほど素晴らしかったのだ。会社のお手洗いで鏡をみると見たことのない肌になっている。私、加齢だからといってテッカテカに肌を光らせるツヤ肌が好きじゃないんですよ。なんかかえって下品に見える気がして。
 それが、ほどよくぬらっと光をまわしこんでいる。あの下品なテカテカではないツヤ感、光り方というのか。

魔物でも降りてきそうな空模様がいい

 ひと月後、むろん買いに行きましたよね。

 すごい偶然なのだけど毎回同じ美容部員さんに担当してもらえるのも縁で、そのかたの優れた術中にはまり込んでいるのだが、それでも満足して購入できるのでとてもありがたい。ああこれでベースメイクすべてがクレ・ド・ポーになってしまった。それでもスキンケア沼に落ちない限りはまだがんばれる費用感だ。スキンケアをラインでそろえたら有吉の教えが無になる。ここはがんばれ。がんばれよ自分、と言い聞かせるのだが、美容部員さんは言う。

◇◇◇

 「クレ・ド・ポーのファンになっていただいてとてもうれしいです。クレ・ド・ポーはスキンケアもとても良いのでぜひファンになっていただきたいです」と、いかにも美しいほほえみで私を沼に誘うのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?