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幸せにしてくれてありがとう

会社っていろいろあるけど、ひとつ確かなことは「そこに所属したからこそ出逢えた人たちとの縁」。これだけはすごいミラクルをプレゼントされていると思う。特に、仕事上では信条がちがうのかあまり折り合いの良くないひとと、飲みに行くと別の角度でとても楽しめたりするときや、20以上年が離れていて普段の生活をしていたら絶対にこうして飲みにいく関係ができることがないなーという世代と一緒にいるときとか、しみじみと痛感するのである。

先週の金曜日、ちょうどそんなことがあった。

来年の就職が決まったインターンの子のお祝いごはん会を、入社3年目の子から「連れてってくださ~い」とねだられて実行。わたしくらいの年になると、この辺のあまりに年下の子を誘うと断れないんじゃないかと気にするので、こうやってむじゃきにねだられるのはいやじゃないのだ。そして不思議なことに、そんなに年齢差があったとしても、いっとき同じ組織で仕事をしていたという共同体感からか、話が合わないことはない。ま、合わせてくれてるとつっこまれたらそれまでだけど、なかなかに楽しい時間を過ごした。

折しも台風接近とかで、早めに解散しようとしていたら「姐さん、今どこですか!?」と、2年前に退職したひとから連絡がくる。22:30解散とか、物足りなかったので合流してBARにいく。厳密にいうと、入社3年目君とオーセンティックなバーで飲みなおそう、と座を移したところにやってきた。ごめんなさい、静かな大人のバーなのに、とんでもない酔っ払いがきてしまって。。結局閉店までいろんな話をした。

衝動に任せてぶつかって、情熱と憤怒のままにいろんな社会勉強をした彼は、「何も後悔してないです。愚かではあったけど、僕にとって全部勉強になってる」と言い切った。いいね、たとえキミがかつてより丸々とふくよかになったとしても、その飲み下してきた酒のすべて、いい酒だったんだろうね。会社という場所に集い、そして離れて、つながっていく縁。横目で相手の活躍を応援しながら自分の道をそれぞれに進む。

自分がいっときでも、情熱のありったけを注いで指導したひとは、生涯にわたって自分には大事な存在だ。たとえ会うことがなくなったとしても、その後の先行きを常に案じているし、幸せになってほしいと思う。呼ばれたならいつだって駆け付けたいと思う。こんな自分を求めてくれるならば。

自分はフリーランスの業務委託で法人とかかわるのだけど、組織にどっぷりコミットする仕事なのでこういうことが多い。いや、この会社が特例なのかな。スクールウォーズばりに、ビジネスの一般常識を知らない年若い子たちを一人でお尻を叩いてきた。「おれは一生、姐さんの一番弟子です!!」と言ってくれる彼であるが、内心でわたしは「わたしの一番弟子と名乗る人はもっといるんだよ」と思いながらも微笑まずにいられない。こんなにうれしい幸せなことはないではないか。

わたしを幸せにしてくれて、ほんとにありがとう。今週もがんばれます。

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