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憧憬 熱烈 創造 体感 

 先だって、ゲランのクラシック名香『夜間飛行』は香水とオーデパルファムとではまったく別物である、という見解を得てから両方ともを一日試すことができたのだが、実際これは本当にそうだった。知識として濃度の違いがあることは当然ながらわかっていたものの、そういう話ではないなと思うほど別物といっていい。当然ながら香水の方が断然欲しい香りであったが、自分の香りにかけられる金額を大幅超過という点でしぶしぶ見送った。このことは自分にとってとても良い発見で、その道の先達が存在したことで知ることのできた奥深い香りの歴史を垣間見た気がしてうれしくなったものだ。

 いつの間にか香り探訪シーズンに入っていたようだ。私のなかで何かの風向きを変えたい、あるいは変わる季節にいるのかもしれない。

 さて、ほぼ1年前に書いたこちらの記事で, 夏が来たら手にいれたいなと思っていたフレデリック・マルの『シンセティック ジャングル』。実はその当時は買わなかった。というか、、、、昨夏はそれどころでなかった。私がこの香りに物理的にも精神的にも、そして知識としても魅かれるのには明確な理由がある。物理的という点でいえば単純に香りが好みであること。精神的、知識的という点では双方が関係しあっているのだが、『synthetic』とは『合成』を意味し、天然香料礼賛主義に反旗を打って、合成による香料の複雑な組み合わせによってグリーンノート、ジャングルを表現した現代の調香師たちの先進的なスタイルに非常に胸打たれているからなのだ。

 「シンセティック ジャングル」は、自然からインスピレーションを取り入れながらも、ハイクオリティな合成香料をブレンドするという〈フレデリック マル〉らしいアプローチから生まれました。鮮やかで豊か、ミステリアスで挑発的な香りが広がるこの新フレグランスは、まさに鮮やかなテクニカラーのグリーンを思わせ自然に対するモダンなビジョンを表現しています。(出典:ブルーベル・ジャパンプレスリリース

 また、1年前に日本橋三越の香水売り場で教えていただいた「かつてのエスティ・ローダーの《プライベート・コレクション》のようなグリーンを現代風によみがえらせようとした」という事実は、すっかり私の好みに合った。香りを知り、誕生した周辺の想いを知り、「果たしてこの香水と私のタイミングが合うのはいつだろうか」と、あとはその時が訪れるのを待つばかりとなったのだった。ちなみに自分が目下秘しているシグネチャーとしている香りが、日本ではもう販売されていないエスティ・ローダーの香りだからだ。DNAとして私に合っている、そう直感した。

 エスティ・ローダー社というのは時代を反映するモダンな香りを良心的な価格で誕生させる。そのいくつかは、うんと長い歳月がたったときにでも「あの時代はエスティのあれだった」と人がふと郷愁に胸ときめかせるような、時代を象徴した香りとして歴史に名を残しているものがある。
 それはもう、あくまで自然、ラフ、生活のなかにある香りとしてひっそりと受け継がれる。結構日本展開はなくなっていくものが多いが、それでも世界中でファンが祖母がつけていた時から「いつか大人になったら自分も」と、憧憬と共にパーソナルな物語を紡ぐ品として現在に至るまで細々と息づいている。

トライアルで10mlサイズを購入。他に気になった香りのサンプルもいただいた。アルデヒド系とオークモス系を所望

 自分が愛用している香りも、はっきり言って今っぽくない。やっぱりすこーし、クラシックな面影がよぎる。古いというよりは香りの流行史という観点で、だ。そのエッジィで厳格でクールな表情は、当時非常に最前線に立った香りだったのがしのばれる。古くなったという意味よりも、今、女性がこういう香りが象徴するスタイルを求めていないのだろうと思う。けれど、この香りに込めたあの時代の調香師たちの思いを、当時一生懸命生きた女性たちが喝采を送ったことは想像に難くなく、今を生きる自分が身に着けることで、それらまるごと自分の物語に吸収してしまいたい欲を私は持っている。

 音楽、芸術、文学、香水。いずれも自分はクラシックから入る。名作として名を遺すものへの理解を体でしてみたい、味わいたいという熱望と、もうひとつは最近気づいたのだが、クラシックのエッセンスを現代に生きる自己がまとうことで、どう「今」に作品が近づけるのか?ということをすごく試したいという思いとがある。それが素晴らしく調和したとき、クラシックは現代に溶け合い、「今のクリエーション」としていきいきと呼吸するのではないか。

 少し話がずれたが、要は気鋭のブランドが気鋭の調香師たちと、クラシックへのオマージュをもって最新のクリエーション技術で誕生させたのが「シンセティック ジャングル」。ようやっと私はこれを自らのもとに呼び寄せた。出逢いからほとんど1年が経過して、この香りを体で味わう自己になりえたと思うのだ。

 

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