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ヴァディムと聖ヒルデガルト

 実際に身近にいたら距離を置いたであろうと思うけれど、端から観察してもっともいい男だと思うのがフランスの映画監督、ロジェ・ヴァディムだ。これはもう15年くらい言い続けてきていて、揺るぐことがない。

出典:ウィキペディア

 10年ほど前、最寄り駅から自宅までの帰り道に、ある日唐突に古書店ができた。古い薄汚れた雑居ビルの1階で窓は開放されており、6畳ほどの小さなスペースにぎっしりと本が並んでいるのが外から見えた。自分はあまり古書店に立ち入らない方で、それは単純に「難しそう…」と感じるからだ。オーナーの趣味や知識がさく裂していて、ある種の濃厚な偏愛の空気に怖気づいてしまう。チェーン店の古書店はもともとあまり関心がない。しかし、その突如現れた古書店は、そうした古書店に不可欠に思われるオーナーの醸し出す雰囲気が薄く、立ち入りやすかった。

 今思うと、「古書店のカオス偏愛空気感」とは、言い換えてオーナーの経営の歴史なんだろう。集まる本と通ってくる客、それらが自然と店の人格を形成していく。主たるオーナーは当然、そのカオスに君臨するわけだ。その道すがらに見つけた新しい古書店は、新しさの分だけそれら人の手垢によって磨かれた形跡がほとんどなかったのだ。

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 結局、その店はビルが取り壊されるまでの期間限定開店だったそうで、たぶん3,4年ほど(もっと少なかったかも?)の営業期間であったのだけれど、おそらくこの時期、私は人生でもっとも本を買っていた!と思う。なにしろ帰り道にどうしても立ち寄ってしまうようになった。薄汚れて暗い店なのに、気安さでは群を抜いていたのだ。そして、ここが本当に素晴らしかったのは、集められた本がことごとく自分の趣味に合っていた。趣味に合っていた、とわかるまでにそこで無作為に多くの本を買ったが、期待を裏切られることはなかったので、そういうことなんだとあとからわかったのだった。

 リアル古書店の最大の魅力は、最新でもない、存在すら知らなかった興味深い本と偶発的に出逢えることだった。なかでも私が開眼したのは、実在の人物の伝記、自伝モノで、新書で購入したら3000円以上はする分厚い自伝を1000円程度で買うことができ、ひところは新たに自伝・伝記モノが入るとその人物に関心があろうがなかろうが、とりあえず買った。面白かったのは、ヒラリー・ロダム・クリントン著「リビング・ヒストリー」、クリント・イーストウッドの「ハリウッド最後の伝説」、シャーリー・マクレーン「ラッキー・スターズ」、そして、ロジェ・バディム「我が妻、バルドー、ドヌーヴ、Jフォンダ」である。出てきましたね、ここで!

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 古書店でバディムの本を見つけたとき、「あ!!」と思った。なぜなら、その本は小学生の頃、毎週図書館に通っていた時代、館内の本棚めぐりをしていたときに長年にわたって見ていた背表紙だったからだ。子ども心では「なんで妻がいっぱいいるんだろう」などと思うこともなく、なんだか知らず非常な関心を引き付けられた。以降、図書館に通うたびに本棚にその背表紙の本を探しにいき、間違いなくそこに在ることを確かめると安堵していた謎の奇行。けれど、子どもだったので、いや、長じて19歳までは通い詰めた図書館で、その本を借りることはついぞなかったのだ。それなので、歳月を経てもう一度古書店でその背表紙に再会したとき、思わず声が出るほどに驚き、そして感激し、今度こそ私はそれを手にしたのだった。

 ・・・実はバディムと古書店に触れたのは壮大な前書きなのだが、本題にたどり着く前に1500文字ほど消化してしまったので、これもまた分けて書こうと思う。ちなみにバディムの「我が妻~~」は、自分の心のバイブルともなるほど大変な感銘と影響をその後の精神に与えた。
 また、この古書店では購入だけでなく買い取りも結構してもらった。なんせ査定がとてもしっかりされるので、価値のあるものは高値がついたからだ。
 自分が買い取ってもらった本で最大高値がついたのは、「聖ヒルデガルトの医学と自然学」で、これは忘れられない。

12世紀ドイツの聖女で中世ヨーロッパ最大の賢女とされるヒルデガルト・フォン・ビンゲンの名著『フィジカ』の本邦初訳。本書は、植物230、元素14、樹木63、石と宝石26、魚36、鳥72、動物45、爬虫類18、金属8の全512項目におよぶ事物の薬効と毒性と利用法を記したもの。ホリスティック医学の原点、中世医学、自然学、文化人類学の古典。

出典:Amazon

 当時、薬草学に並々ならぬ関心があったので元より高価な本であったが買い求めたのだが、途中で挫折。ほとんど元値と同じくらいで買い取ってもらったのでよく覚えている。

つづく

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