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Express.

フランソワーズ・アルディとジャック・デュトロン、ジョアン・ジルベルトとアストラッド・ジルベルト。ロジェ・ヴァディムには…えーと笑 バルドーにドヌーヴにフォンダ。

一個の男と女の恋愛関係が作品を生みだし、アートやカルチャーとして遺るほどの成果を生むだなんて途方もない話だ。恋愛はいつか破綻して、ときに愛憎の果てを放浪するのだろうけれど、こうして作品はきらめく結晶を残す。「そういう目的のもとでこの女と男と、関係をもって作品づくりをやろう」なんてこと思いもせずに(思った野心的パワーカップルも絶対に存在したと思うが)、それこそ一個の小さき者として相手のふるまいに悩み心揺らし、それでも自分の情熱を受け止める器として仕事をしたに過ぎないのだろうと思う。仕事とは、事務的なものではなく生涯を賭して表現する自己のことだ。

衝突を生んだであろう、相手の類まれな個性に現れた自己との決定的な違いに、共にいるときはいら立ち,、怒りの矛先をどうすることもできなかったほど憎んだかもしれないが、おそらくはその類まれなる個性と個性の衝突がこれらの後世にも遺る作品たちには必要だった。おそろしいね、やはり生きることそのものがアートなんじゃないか!

出逢ってしまってはいけない二人、というのが明確に存在すると思う。

それは恋人関係においてだ。満ち足りて幸福だった平凡な自己の世界に突如不吉な暗雲を持ち込んで、何もかもなぎ倒す強烈な嵐を起こしたら茫漠たる地表しか残さない。髪の毛1本すら残さないほどに何もかもを奪い尽くしていく。けれど、その二人がアーティストであったなら。「出逢うべくして出逢った二人」という組み合わせになってしまう。なんと皮肉。

冒頭のフランソワーズ・アルディとジャック・デュトロンなどは珍しい例で今も(おそらく)仲良くやっている。男と女という陰陽のパズルで例外的に組むことになったけれど、ありふれた幸福を手にすることはできないが、その代わりそれぞれの魂に永久に消えない墓碑銘を刻むことになる、瞬間という短さのなかに唯一無二性を持ってしまう組み合わせがあることが非常に興味深いことだ。

photo by anieto2k

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