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KANREKI 60歳女子 生まれて初めての    ひとり暮らし @ 北鎌倉 で 始めました (2)


1.   一 人 暮 ら し 初 日

<自 分 放 題> 

初めての一人暮らしの朝。6月。
目が覚めると、開け放ったままの窓から、朝の光と、たくさんの鳥の声。

両手足を、布団からはみ出すほど広げて、大の字になる。
人間型に充填された真空パックから解放されたグミ・ゼリーになった気分だ。
フィルムを剥いで、パックから出すと、
縮まって収まっていたグミ・ゼリーが、
形を失くして、拡がってゆく。

人生で初めて、
自分がどんな大きさのグミだったのか、
どんな形のグミだったのか、
そのまんま
充分に、自分を広げるスペースと時間が、
やっとできたのかもしれない。
自分放題だー。

目覚まし時計や、
娘や、犬や、夫や、仕事や、
昔々なら親に、起こされるのではなく、自然に目覚めていいなら、
何時に、目が覚めるのだろう、と思っていました。
どんな目覚め方だろう、と思っていました。

小さい頃から、一人部屋に憧れていました。
たぶん、幼稚園児だったころには、誰にも邪魔されない空間を欲しかった気持ちがあったように思います。
親はそんなこと思いもよらなかったようですし、大家族でそんなスペースもありませんでした。
だから、その思いは、
「家の前にあった公園でいつまでも一人乗るブランコ」
「親が呼んでも耳に入らないふりが出来る読書」
「鍵付きの宝箱」
「ヌイグルミ」なんかに、投影されていたのかも、と思い出されます。

親元と結婚生活での数十年の間、
もし一人暮らしをしているなら、どんな暮らしをするだろう、
と、思うことが、たまにありました。
どんな人生になるだろう、どんな仕事をするだろう、どんな友達がいるだろう、そもそも、わたしは、どんな人間なんだろうか。

ようやく、思いがけず、こんなカンレキの歳になって、
一人暮らしを始めることになりました。
これからわたしは、なにをするのだろう。
なにをしないのだろう。

北鎌倉駅から歩いて15分くらいのこの家は、周囲を小ぶりな山や谷に囲まれています。
鎌倉の地形は、こまごまと山、谷が多く、鎌倉時代には、貴重な平地に墓を作るのを禁止したほどでした。
家々は、山や谷の坂にへばりつくように建っていることも多く、
この家も、ちょっとした森か林の中に住んでいる感じがあります。

引っ越してきたばかりの6月、1週目のある早朝、
4時15分くらいに目が覚め、ベランダに出ました。
うっすら東の山の方から明るくなってきています。
山のどこかで、一羽の鳥が、小さな声で、とても遠慮がちな感じで二言三言、声を上げました。
その途端、
うっかり寝過ごして慌てて目を覚ましたかのように、
焦った様子の、まるで千羽もいるかのような大勢の鳥の声が、
一斉に始まったのです。
どうやら、たくさんの種類の鳥がいるようで、
それぞれの鳥は、それぞれの歌を、唄い続けます。
そういうところ、鳥は、他の鳥にまったく気を使わないようです。
ぜんぜん違う歌を、みんながみんな、マイペースで、
遠慮なしに唄います。

その調子で、6月は毎日、早朝から、鳥たちは何時間も唄い通しです。

山があって、雑木林があって、鳥がいると、毎日そんなことが起きているなんて、60年間まったく知りませんでした。
これは、このあたりが里山だった名残なのでしょうか。
母の実家は、山奥のすごい田舎で緑の多いところですが、
山の木は、ほぼ全部、植林の杉。そのせいかどうかわかりませんが、こんなに鳥が合唱しているのを聴いたことがありません。

わたしは、鳥に詳しくなく、何の鳥がどんな歌を唄うのか、まったく知りませんが、そんなわたしでも知っているのは、ウグイスです。
6月のその頃は、ウグイスが、ホーホケキョ、と声を張り上げていました。
周囲の森に、ウグイスが点在しているようで、あちらこちらからホーホケキョが聴こえてきます。
ウグイスは、スゴイです。
朝4時15分頃の第一声目起き抜けから、全力の発声で、ホーホケキョです。
一日中、日暮れ時まで、几帳面に、唄います。
手を抜かずに。きっちりと。一回一回、ホーホケキョです。
声がかれたウグイスを聴いたことはないし、あんな小さい体で、よくまあ、あんなに響き渡る音を、何度も何度も出せるものです。

この谷あいの朝は、うるさいほど賑やかです。
生き生きと命の音が、うるさーい、という恵みです。

鳥たちは、小さくて、どこにいるのかぜんぜん見えません。
だから、
なんだか、山自体が生きていて、音を出しているようにも感じられます。
もしかしたら、本当にそうかもしれません。
生きている山が、小鳥を笛にして、出している音なのかもしれません。

自分というグミ・ゼリーが、
家を越え、
ベランダを越え、
今見えている山、木々、
聴こえているもの、吹いてくる風、
全部に、浸透して広がってしまった気がします。
見渡すかぎりの自分のグミ・ゼリーの内部に、
鳥の歌が含まれ、木々の葉の光のきらめきが含まれているように感じます。
自分の内側と外側の境界線が、
遠くにまで行きすぎて、見渡す限りの内側です。
そういえば、東京の自宅では、こんなふうに自分の境界を近所に広げる発想はなかったなあ。それこそ、その可聴域外の騒音から、逃れよう、自分にフタをしよう、と努力する一日でしたし、コンクリートの建物、アスファルトの車道、へ向かって自分の範囲を広げていこうと思いつきもしませんでした。
満員電車。人間関係。
都内に住む人々は、どちらかというと、自分の範囲を、縮ませよう、狭ませよう、とする傾向が多いのではないでしょうか。

だからかもしれません、
人は、旅行などで、自然の多いところや山に来たら、
ヤッホーと声を遠くに届かせようとしたり、
どの人も、謎に見晴らしのよいところを目指し、
着いたら、遠くの景色を、吸い込むように眺めたりします。
それは、肉体に、運動やストレッチが必要なように、
心にも、そんなストレッチをしているのかもしれません。

今、わたしは、
自分がとても広く、
自分の範囲の内側に、
幸福がいっぱいいる、そんな感じです。

さて、
夫ですが、
勝手に貸家を契約してしまって、すぐにでも住み始める話を、
わたしは一応、いろいろ覚悟を決めて話したのですが、
不思議なことに、さほど動揺を見せず、たいしてもめもしませんでした。
まあ、なんでそーなのか考えず、
北鎌倉ハーフひとり暮らしが始まりました。

2.   付録  おすすめ北鎌倉カフェ情報

名前を聞かれるコーヒー屋さん
VERVE
神奈川県鎌倉市山ノ内1395
Everyday / 7:00 - 19:00
0467-81-4495
 
https://vervecoffee.jp/pages/kitakamakura
 
ここのお店は、注文したら、名前を聞かれます。
注文のコーヒーなどが出来たら、名前を呼んでくれます。
本店のカリフォルニアでは、お客さんたちはファーストネームを伝えるので、フレンドリーな感じになるのでしょうが、
ここでは、ほとんどのお客さんは「姓」ファミリーネームの方を伝えるので、
病院や薬局のカウンターで受付する感じになっちゃって、
それはそれでとっても楽しいです。
 
北鎌倉駅西口を降りたら、前の車道を左に曲がって歩く。約5分。
前進方向の右側にある。
お店の前は、広い目の駐車スペース。
店内、わんちゃんも一緒に入れます。


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