見出し画像

ひとりでは解決できないから、ひとりでも多くの人に知ってほしい。豊かな暮らしの裏側にある現実。【RICE MEDIAトムさん・インタビュー後編】

/違和感ポイント/
完璧を求めるよりもできる範囲で行動する方が、社会問題の解決へ一歩近づくことができる。

インタビュー前編では、「1ヶ月プラなし生活」の動画についてトムさんに語ってもらった。後編では、トムさん自身の社会問題に取り組む姿勢という大きなテーマに話が広がった。

「プラなし生活」の次のシリーズとして発表された動画「1週間牛飼い生活」は、牛の幸せを考える牧場「宝牧舎」でトムさんが見習いの牛飼いとして生活する長尺動画だ。

一頭でも多くの家畜が長く命を全うできるように、廃用牛(出産能力が失われ家畜としての役目を終えた牛)を引き取ってお肉として販売している「宝牧舎」。タツさん(宝牧舎代表)の密着映像には、ユーモアのある「プラなし生活」とは打って変わって、動物の命と常に向き合い続けるシリアスな場面が収められている。きっと私たちの多くは、この動画を見なければ、畜産業界の厳しい現実を知ることはなかっただろう。

社会問題の解決に真剣に取り組むほど、課題の大きさと複雑さが嫌でも見えてくる。しかし、そのことがトムさんの歩みを止めることはないようだ。

「RICE MEDIA」の動画が届いたその先に、トムさんがどんな社会を望んでいるのか。私たちが前向きに社会と向き合うヒントが見えるインタビューになった。(インタビュー=清野紗奈)

インタビューを受けてくれた方:廣瀬智之さん。1995年生まれ。愛称は「トム」さん。2019年2月、Tomoshi Bito株式会社を創業。2021年12月に「RICE MEDIA」を立ち上げ、TikTokYouTubeなどを中心に、社会問題を楽しく知ることができる動画を配信中。


自分たちの身近なものに紐づいている社会問題

▼「1週間牛飼い生活」はテレビで流してもいいんじゃないかと思うくらいのクオリティで、興味深く見させていただきました。この企画をやろうと思ったきっかけを教えていただけますか?

「例えば原発の問題とか、いきなりシビアな問題を取り上げたときに、難しいからってシャットアウトする人が増えちゃうんじゃないかと僕たちは考えてます。最終的なメディア像として、いろんな問題を取り上げたいんですけど、ステップを踏むことは大切にしています。なので今は、基本的にはみんなの身の回りに関わっているものから選んでいます。

『豊かな暮らしの裏側』みたいなところが僕たちのテーマの一つになっていて。消費者ってモノを買って、ゴミ箱に捨てたらもうその先は知らないっていう状況がある。買ったものがどこから来て、どういう風に作られてて、っていうところも、基本的には知らない人たちがすごく多い。でも、実はその自分たちが使っているものに紐づいて、いろんな問題が起きてるっていうことを知ってほしいなって。

プラスチックの方は、どっちかっていうとモノを使った“後”の話なので、前段階の話の一つとして、お肉になる過程だったりを取り上げたいと思いました」

▼「プラなし生活」とは毛色の違う企画ではありますが、普段食べているお肉の話という意味では、身近に感じてくれる視聴者の方が多くて反響も大きかったですか?

「『牛飼い生活』は長尺動画をベースに出していったので、『プラなし生活』とはだいぶ違う感じですよね。めちゃくちゃ多くの人に見てもらえたかって言ったら、そうじゃなく結構限定的なんですけど、その分見てくれた人には刺さっているというか、いいフィードバックをいただきました。

切り口として、大衆の人に響くものかって考えたときに、『プラなし生活』と比べて、ちょっとそうじゃなかったのかなって、今の振り返りとしては思ってます。お肉の成り立ちみたいな文脈は割と興味を持ってもらいやすいんですけど、畜産業界の課題みたいな話になったときに、ちょっと距離が遠くなるっていうか。みんな別に、畜産や牛飼いに興味を持ってるわけではないので」

問題意識があっても実際に行動を変えるのは難しい

▼インタビューの前半で、社会問題の中には考えるのが辛くなるテーマもあるというお話もしていただきましたが、動物の命を扱うテーマなので、視聴者も身構えてしまったのでしょうか?

「そうかもしれないですね。みんなわかってはいるんだけど、人間ってやっぱそんなに強くないですよね。みんな悪者ではないとは思ってて、今のままじゃダメだってわかってる人はすごく多いけど、それに加担してしまってる自分に苦しくなっちゃったりするし、自分も大切にしてる家族とか今の仕事があるってときに、なかなか自分の身を切ってまで、それを変えることが難しいという実態もあるので」

▼シリアスな社会問題ほど、ポップに伝えるみたいなところも難しくなっていきますよね。

「そうですね。やっぱり、当事者がいたりとかすると、不謹慎になってしまったりします。プラスチックのような環境問題って、調べれば被害受けてる人がいると分かるんですけど、直接的な当事者はパッと結びつきづらい。だから興味を持ちやすい、環境問題は広がりやすいのかなと思います。

なので、ある意味僕たちも今はそこに甘んじてる状態。どうやって、当事者がいる問題も発信できる媒体にできるのかっていうのが、僕らのネクストステップかなと考えてます」

▼「牛飼い生活」の動画を見て一番印象的だったのが、「宝牧舎」のタツさん自身も今の形が正解だとは思っていなくて、どういう状態がベストなのか考え続けていると話していたことでした。社会問題は、これっていう正解がない場合も多いと思うんですが、正解のない問題を扱うときに気をつけていることはありますか?

「僕もタツさんと比較的近くて、『これが正解です』みたいなスタンスではないんですよね。どんな取り組みも、一部見ればグッドだし、一部見ればここ矛盾してない?とか、多かれ少なかれ絶対出てくると思ってて。“正しい”と誰もが思える行動をすることはすごく大切で、そういう人になりたいと思う一方、完璧を求めすぎると、もう何もできなくなります。完璧を求めすぎる人が社会に増えていくと、めちゃくちゃ完璧にやる人と何もやらない人と、ただ分断されていくだけなので。

社会を良くしたいっていう思いがちゃんとあってやってることであれば、(完璧でなくても)別にいいんじゃない?って考え方なので。『これも一つのいいやり方だよね』っていうスタンスで紹介することを心がけてます」

全てには関われないから自分のやりたいことを

▼これが一番聞きたかったことなんですが、社会問題って本当にたくさんあって、知れば知るほど抱えきれなくて、自分の手からこぼれ落ちていく感覚があります。例えば、どこかの団体に寄付をしたとして、「ほかにも活動している団体はたくさんあるのに」と気になってしまうんです。たくさんある社会問題のうちの一つを選んで発信するときに、トムさんはどういったことを考えていらっしゃいますか?

「面白いですね。今聞いてパッと浮かんだのが2つあって、1つはシンプルに、『RICE MEDIA』だけで、僕だけで社会を良くできるとはそもそも思っていないということです。自分のできることをやるしかないと思っているから、やれる範囲でやっていくしかない。全部の問題に対してコミットはできないと思ってるので。いい意味で自分だけじゃできないと思ってるから、まずは自分のやれることをやろうと思ってます。

あともう一つは、自分が好きだからやってるというスタンスも僕は持つようにしてます。社会のためにやりたいって気持ちではやってるんですけど、『社会のために100%』となったときに、ちょっと無力感に襲われることとかあるじゃないですか。やってても、本当に意味あるのかなとか、社会に本当に影響与えられているのかなとか、いろいろ考えると思うんですよね。僕もやっぱ考えてた時期あるんで。

でも考え続けても、本当に苦しくなっていくだけなので。あくまでシンプルにやりたくて、勝手にやりたくてやってることだから。社会がどうのっていうより、僕がやりたいって思ってやってるから、やりたいことやろうぜ、っていうスタンスを作って、ある意味そこを逃げ道にしてる。

それでも苦しさやしんどさを感じるときもありますけど、潰れなくて済むっていうか。結局自分がやりたくてやってるだけやしな、っていう」

社会を良くしたいという想いを諦めない

▼ぜひ読者の皆さんに伝えたいと思うお話でした。最後に、RICE MEDIAで発信している内容を見た方に、どういうことを望んでいるかをお聞きしたいです。

「見てくださっている方には、できる範囲でいいんで、できることから何か変化を起こしてくれたらいいなと思ってます。その変化っていうのは、社会にっていうより、例えば友達に話してみるとかでもいいと思うし、ちょっと普段の選択を変えてみるくらいのことでいいんです。極端な話、行動してもらえなくても知ってくれてありがとうって感じなんですけど、何か行動してくれたらもう言うことなしです。

さっきの話にも出てきたように、人ってやっぱり弱いと思ってるんで。当事者の方々からしたら、こんなスタンスでいるとあんまよくないのかもしれないですけど、逆に(社会問題に)興味をまだ持ててない人とか知らない人たちの気持ちに結構寄り添ってるメディアになってると思います。昔の僕もそうだったから、社会活動をやることの難しさとか苦しさもわかるし、ハードルの高さもわかるんで。

行動しない方が楽だと思います。でもずっとそのままにしてたら、当事者の人たちとそれ以外、みたいな形になって、その社会は全然美しくないなって。

大切なのは、できることからでいいから、社会に対しての思いとか良くしていかないといけないっていう考えを諦めないこと。絶対これしてくださいみたいなものは基本的になくて、まず『知ってくれてありがとう』。可能だったら、今見ている動画だけじゃなくてこれからもいろいろ流すから、知り続けてくれたらより嬉しいです。あわよくば、できることを何かやってくれたらめちゃくちゃ最高です」

インタビュー前編はこちら


執筆者:清野紗奈/Sana Kiyono
編集者:河辺泰知/Taichi Kawabe、石田高大/Takahiro Ishida

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?