銀河の春

春は銀河の季節。こんなご時世だからと宇宙についていろいろ書いていこうと思ってものした満月の記事からもう一ヶ月経とうとしています。ということはまた満月(5月7日)が近づいているということなので、前回の記事をおともにまた観月を楽しみつつ、今回は銀河の世界に思いを巡らせてみたいと思います。

星座にも季節があります。夏の大三角とか冬の大三角とか言うように、その時期に見えやすい星座は決まっています。逆に言うとその時期に見えない星座というのもどうしてもありまして、それは地球から見て太陽の背後にある星座です(4月生まれの人はおひつじ座かおうし座ということになっていますが、これは太陽が4月の間このへんにいるからです。つまり自分の星座の星を誕生日に見るのはおよそ不可能ということになります)。で、太陽がない方向の星のうち、夜の8時くらいに高く上がってる星座をその季節の星座だと我々は認識しています。春のこの時期はしし座やおとめ座、北斗七星などが見やすい時期です。夜ふかしすれば次の季節の星座も見ることができます。

星座を形づくる星たちとともに天の川も毎日我々の頭上をゆっくりと横切っています。天の川の見頃は、七夕祭りのイメージの通りです。これは、天の川の特に濃い部分(いて座の方向)が夏の夜に高く上がるからです。ではなぜ銀河は春なのか。これを掘り下げていきます。

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図1:天の川を歩く(ハワイ島マウナケア山中腹から撮影;天の川は左上から右下にかけて)Image creditはわたくし

(次の章で説明する天の川の正体をもう知っている人は「え、じゃあ銀河の夏じゃん?」と思ったかもしれません。夏も天の川見るのには良いのですが、他にもたくさんの銀河を見るなら春(もしくは秋)なんだぜと言いたいのです!)


天の川の正体と宇宙のかたち

写真では壮大な天の川を見たことあるという方もいるでしょうが、実際に星のよく見える場所で見えてくるのは薄くぼやっとした光の帯のようなものだと思います。この天の川、長らく正体が謎で、西洋の神話では女神がぶちまけた母乳(galaxyは乳糖galactoseと同語源)だとか言われていましたが、ガリレオ・ガリレイが四百年ほど前にこのもやもやに望遠鏡を向け、なんとそれが微細な星の集まりであったことを発見しました。さらに二百年弱経ってから、ウィリアム・ハーシェルによって天の川やその周囲の星々は円盤の形に分布しているということが示されます。彼は「天球」の概念を大きく越え、我々の住む宇宙の構造に関する科学的知識を銀河スケールまで広げてくれました。1822年に亡くなった彼の墓にはラテン語で "Coelorum perrupit claustra" (He broke through the barriers of the heavens; 彼は天の壁を突き破った)と銘じられています。カッケー!

さて、ハーシェルが調べたように、われらが太陽を含む恒星たちの大集団(島宇宙)が円盤の形をしているなら、次に気になるのはそれがどこまで広がっていて、その外はどうなっているのかということです。これについては、カプタインやらシャプレーやらカーティスやら様々な人物による研究の積み重ねを経て、エドウィン・ハッブルが「アンドロメダ星雲」の地球からの距離を約100万光年(現在の測定では250万光年)と見積もり、1925年に宇宙の大きさや構造に関する長年の大論争についに決着をつけます。彼の研究によってアンドロメダ星雲をはじめとする渦巻星雲がみなめちゃくちゃ遠くにあり、それぞれが天の川なみの巨大な星の集団であることが明らかになりました。以降この島宇宙、小宇宙とくくられていた星の大集団は銀河と呼ばれるようになります。宇宙は無数の銀河を含む茫漠とした空間であり、われわれもそのうちの一つ、のさらにはじっこのほうに住んでいるのでした。

今では我々の住む銀河の形がハーシェルの時代よりずっと詳しく分かっています。ざっくり言えば渦巻状の腕を持つ円盤で、横から見るとどら焼きっぽい感じになってます。そしてこのどら焼きの中に住んでいる我々から見ると、あんこのある円盤方向にはいっぱい星が見える。そう、我々の住む銀河そのものが天の川の正体だったのです。そして他の銀河と区別するために、天の川を形づくる我々の銀河を「銀河系」もしくは「天の川銀河」と呼ぶようになりました。

銀河宇宙を見通す春

今日の記事タイトル「銀河の春」でさしているのは天の川銀河ではなく、よその銀河です。そいつらを見ようとして天の川の方向=円盤方向を探しても、どら焼きの中の星が多すぎて外を見通すことができません。だからこそ、円盤と垂直な上下方向を見る必要があるのです。我々を取り囲む天の川の円盤から最も遠い点(銀河北極・銀河南極)を含む星座がかみのけ座ちょうこくしつ座です。どちらもド級のマイナー星座です。しかしこれは考えてみれば当然で、天の川銀河の外を見通すためには天の川銀河自体の明るい星が多くあってはならないのです。明るい星が少ないマイナー星座だからこそ「宇宙の窓」たりえるのです!

銀河北極・南極のある二つの星座うち、春に天高く昇り見やすくなるのがかみのけ座という奇妙な星座。星座絵とか線とか見ても全然納得いかないし、毛を星座にする感性がまじでわからんと昔は思っていましたが、どうも昔の人はこのあたりの星の集団(メロッテ111)から髪の毛を連想したらしいです。マイナー星座と何度も言ってはいますが、実際に夜空の暗い場所でかみのけ座を見てみると星がつぶつぶと集まっていて大変愛おしいです。そしてこの星団の背後に広大な銀河宇宙が広がっているのです。
(銀河南極があるちょうこくしつ座は秋が見頃ですが、日本からはあまり高く上がらずよく見えません。北半球で銀河を見るならやはり春!といえるでしょう。)

我々の住む宇宙のかたち

もう少し我々の住む宇宙の構造の話をしましょう。ハッブルらの活躍により天の川銀河のほかにも無数の銀河があることがわかりました。ではその銀河の分布はどうなっているのでしょうか?ハッブルは他にも凄まじい業績をあげており、たとえば銀河の距離と我々から遠ざかる速度との間に比例関係があるという宇宙の膨張やビッグバン理論につながる発見をしています。これにより遠くの銀河の位置と距離を知る方法が確立され、宇宙の立体地図を容易に作れるようになりました。現在得られている我々の近くの宇宙地図を以下に示します。地球(天の川銀河)を中心に描いています。

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Credit: M. Blanton & SDSS

左右の黒い領域は天の川の円盤が邪魔で見通しにくい領域です。緑や赤の各点が一つの銀河の位置を示しています。その分布は一様ではなく、フランスパンの中身のように網状に分布しています。この網の目をコズミック・ウェブ(日本語では宇宙網?)と呼び、その間の3億光年(30垓(!)キロメートル)ほどの広がりを持つ巨大な虚空を(コズミック・)ボイドと呼びます。網の結び目にあたる位置には、銀河数千個が重力によって密集している銀河団という天体があります。この「宇宙の大規模構造」と呼ばれる、人類が知る中でも最大規模の構造の発見もかみのけ座「超」銀河団の発見に端を発しています。以下の写真は、その一部をなすかみのけ座銀河団を人類が持つ最高峰の眼である「ハッブル宇宙望遠鏡」で観測したものです。余談ですが、ハッブルの業績がスゴすぎるためにこのように至るところで彼の名にちなんだ命名がされており、銀河天文学者がハッブルの名前から逃れられる日はほとんどありません。

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天元突破ディープフィールド

先の写真に写っているふわっとしたものはだいたいがかみのけ座銀河団に属する銀河です。銀河団には黄色っぽい銀河が多いですが、青っぽいもの、渦巻きを持つものも見られます。こうした多様な特徴がなぜ生まれるのかを明らかにすることが現代の銀河天文学者たちが挑んでいることです。そのためには暗い天体まで検出できる質の良いデータが不可欠ですが、使える観測時間は有限なので、みんなが好き勝手に撮りたい領域を撮っているだけでは効率が悪くなってしまいます。そこで、ある決まった狭い領域に地球上・軌道上のありとあらゆる望遠鏡の観測時間を集中的に投入し、超高品質なデータを揃えて遠くの暗い銀河の性質も暴いてやろう、という戦略が取られることがあります。そのような領域の一つがハッブル・ディープ・フィールドと呼ばれる空の一片で、かみのけ座にほど近い北斗七星のすぐ脇にあります。満月の百分の一にも満たない領域を、ハッブル宇宙望遠鏡で何十日も観測し続けたという、まさに天元突破の深探査領域です。

その後、銀河南極近くでも同様の探査が行われ、先の探査で得られた結果が一般的なものであることが確かめられました。続いてハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド、ハッブル・エクストリーム・ディープ・フィールドなどと修飾語のインフレを起こしながら深探査領域を増やしていきます。ハッブル望遠鏡だけでなく別の望遠鏡による様々な波長での観測も組み合わせることで、これらの深探査は銀河の誕生と進化についてめざましい成果をあげています。例えば現在知られている我々から最も遠い銀河は宇宙誕生後わずか4億年の宇宙にいますが、これもハッブル・ディープ・フィールドの方向に見つかっています。

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ハッブル・エクストリーム・ディープ・フィールド。Credit: NASA; ESA; G. Illingworth, D. Magee, and P. Oesch, University of California, Santa Cruz; R. Bouwens, Leiden University; and the HUDF09 Team

こちらはハッブル・エクストリーム・ディープ・フィールドの写真です。写っているのはほぼすべてが遠方の銀河。伸ばした手に持ったシャーペンの芯の先ほどのわずかな領域に数千もの銀河がひそんでいます。たかが一枚の写真ではありますが、このなかのツブツブの大半は百億年もの間地球に向けて宇宙の旅を続けてきた光が作ったものなのです。

現在も大活躍中のハッブル宇宙望遠鏡は1990年4月に軌道上に打ち上げられ稼働を開始しました。なんとつい最近30歳を迎えたところなのです。宇宙という極限環境にありながら30年間も現役で(ちょいちょい宇宙飛行士が修理に向かっていますが)、今でも我々に素晴らしい宇宙像を提供してくれるというのは本当に驚きです。公式サイトではこれを記念して、これまでハッブル宇宙望遠鏡が撮ってきた素晴らしい写真のスライドショーを含む短い映像が公開されています。ぜひとも部屋を暗くして全画面表示でご覧ください。

たった一台の宇宙望遠鏡の存在で我々の宇宙観は大きく変わり得ます。もっとたくさん性能が良い望遠鏡があれば……と研究をしている身としては思うものですし、実際フロンティアを拓くために世界の最新鋭望遠鏡は巨大化する一方です。しかし営利でやるのが難しい分野である以上、公的資金の助けを借りざるを得ず、天文学は難しい状況に立たされつつあります。ところで、地球軌道上にはハッブル宇宙望遠鏡と同等かそれ以上の性能を持つ望遠鏡が実は他にも何台も飛んでいるという事実をご存知でしょうか。それらはしかし、みな下を向いています。多くは地球上の人間活動などを監視するためのアメリカの偵察衛星と考えられています(興味のある方はKEYHOLE衛星などのキーワードで検索してみましょう)。これを知った時はなんとも悲しくなるとともに、軍事と天文学の意外な近さやかけられる予算規模の圧倒的な違いを思い知りました(ちなみに、近年打ち上げ予定の近赤外線宇宙望遠鏡、ローマン宇宙望遠鏡の鏡はアメリカ国家偵察局のお下がりです)。そういった衛星の当面の存在意義を認めつつも、なんとかして奴らに顔を上げさせたいものです。天文学の発展のためなら世界平和を叫ぶのも悪くないかなという気がしませんか。Keep looking up!

また話が長くなってしまいました。ほんとはかみのけ座のおとなりのおとめ座銀河団のブラックホールの話もしようとしてたのですが、次回以降に回すこととしましょう。ではまた!

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