見出し画像

大きな手紙と小さな手紙

目次

 手紙には、「スミレさんへ」と書かれていた。二つに折り畳まれ、宛名の上には、あのときの種。あれから何年経つだろう、私のことを覚えていたんだね。そして、まだ光る種を持っていてくれたのね。お母さんと交換日記を書いていた頃より小さくかっちりした筆致、「スミレちゃん」ではなくさん付けになっているあたりから、あの子がもう立派な大人になったことを実感した。
 ときどきどうしてるかなって様子を見に行くと、どんどん大きくたくましくなっていって、私がいなくても大丈夫そうね、と戻るたび、少しさびしく感じる自分がいた。それでも、小学校卒業まで、すみれの水まきは欠かさずにしてくれたのよね。あの子が小学校を卒業するとき、彼の成長、幸せは素直に喜べるようにしようと決めた。卒業してしばらく見ないうちに、こんな手紙を書くようになっていたのね。寝姿は、ずいぶん背が伸びたようで、でも少し面影が残ってる。
 手紙をよく見ると、あの交換日記を書いていた頃の字の癖が少し残っていて、やっぱりあの子なんだなって思う。そして、ここに置いて、窓を少し開けておいたのは気まぐれかしら。小学校まで来るんじゃなく、この部屋の窓辺に置くなんて。初めて会ったあの夜に、初めて君と会ったこの場所を、君は思い出してくれたの?

スミレさんへ

ご無沙汰しています。お元気ですか?
俺のことを覚えていますか?
こどものとき、光る種をもらった葵です。

ふふ、覚えてるわよ、もちろん。

小学校を卒業しても、ときどき学校に水まきに行ってたんだけど、忙しくなって行けなくなってしまいました。ごめんなさい。枯れていないかなって、ずっと心配していました。

枯れてないよ。私たちは、案外たくましいんだから。

あれから俺も大人になり、今度結婚することになりました。結婚っていうのは、家族以外の大切な人と、家族になることです。伝わりますか? そもそも、文字は読めるんでしょうか?
伝わると信じて、続きを書きます。

読めるよ。詳しくはわからないけれど、家族以外の大切な人と出会えたっていうことは伝わったよ。

ここまで来るのに、いろいろあって、くじけそうなときもありました。そんなとき、スミレさんにもらったこの光る種を入れたお守り袋を握り締めて、乗り越えてきました。
あのときスミレさんが俺を訪ねて話を聞いてくれて、この光る種をくれて、俺自身を守ってほしいと言ってくれたから、今の俺があります。
スミレさん、本当にありがとうございます。

熱くなった目頭をおさえながら、続きを読む。

もうすぐ結婚式、家族になるお祝いの会をします。ようやく時間がとれたので、この手紙を書いています。この前、昔埋めた本を読んで、校庭での出来事を思い出したとき、スミレさんにどうしても伝えたくなったんです。
スミレさんのおかげで、母さんとも仲良く元気に暮らしてこれたし、あのとき話した子、きらりとも仲良くなれました。そのきらりが、もうすぐ僕の新しい家族になる人です。
これから、もっと幸せになるし、幸せにします。
スミレさん、もし読んでくれていたら、どうかスミレさんもお元気で、お幸せにお過ごしください。初めて会ったこの場所に、もしかしたらあなたがときどき来てくれているかもしれない、なんて想像して、勝手にこの場所に置くことを許してください。今度、きらりと久しぶりに小学校を訪ねます。すみれに、スミレさんに会いに。

                    葵

 私は、大切に手紙を抱え、置きっぱなしになっていた大きなペンと紙を借りて、書き置きをして帰った。光る種をおもしにして。


 夕べ、久しぶりに実家に帰って、母さんと母さんの作ってくれたごはんを遅くまでしゃべって、先に寝た母さんにおやすみのあいさつをして、部屋でスミレさん宛に手紙を書いた。ここに来ている保証もないし、我ながら勝手だと思う。自己満足に終わらないよう、手紙に書いた通りきらりと母校を訪ねようと思っている。そして、久しぶりに袋から種を取り出し、手紙の上に置いて寝た。種はもう光ってはいない。気がついたら輝きは失われていたが、それでもお守りであることに代わりはなかった。
 翌朝目覚めて驚いた。手紙はなくなっており、代わりに種の下にちぎられた小さな紙があった。その紙には小さな小さな字で、でも読める字がびっしり書かれていた。そして、種はあのときのように光っていた。

ねえ、きみ、いいえ、あおいくん。
わたしははなのせいで、あなたはおとなのにんげんだから、もしかしたら、もうあなたにわたしのことはみえないかもしれません。
でも、すみれはまださいていて、わたしはかわらずげんきです。
けっこんおめでとう。
おてがみとってもうれしいです。
おかあさんともおともだちともなかよくしていてよかったです。
きてくれるのをたのしみにしています。すみれ

 昨日の夜来てくれたなんて。起こしてほしかったけれど、やっぱり会いに行きたい。会えなくても、ちゃんとあいさつしに行くんだ。この手紙と種を見たら、母さんもきらりも驚くだろうな。スミレさんって、こんな字を書くんだな。しばらく手紙を噛み締めて、輝きを取り戻した種と一緒に、大切にお守り袋にしまった。

小牧幸助部長、今週も素敵なお題をいただきありがとうございます!
今年初めて小説を書きました。といっても、これは小説、になっているでしょうか…?と少し自信がないですが、リハビリです。前回から、ほぼ1年ぶりです。ひえ~。
シロクマ文芸部活動が長い方はもしかしたら覚えているかも?しれない、葵とスミレのお話です。ずっと書きたかった続きをやっと書けました。シリーズ8作目になりましたが、結婚式はなかなか書けません←
このシリーズを読み直したら何度かきらりがスミレになっているというのをこっそり書き直してきたのですが、今日新たに1箇所見つけてそっと書き直しました←
スミレ、個人的にお気に入りですが、なかなか登場させられなくて、ようやくです。
こどものときにだけ訪れる不思議な出会い。コロボックルでも、ト○ロでもそうですが、葵はスミレに会えるのでしょうか。今回葵は存在を確かに感じ、たとえ会えなくても校庭に向かうときも何かを感じとるのではないかと思ったり。
前作はこちら。

スミレのお話は、冒頭の目次から2番目の作品をたどっていただけましたら幸いです。
今週はずいぶん前のお題の作品にコメントさせていただいています。

さて、いつもなら〆に入るところですが、この場を借りてお伝えしたいことがあります。
私の書いたこのシリーズを、小牧部長が始めてくださった「#シロクマ感想文」企画で、りみっとさんがご紹介くださっていたんです。

こんなに丁寧に振り返り、戻るかわからない1 noterに思いを馳せてくださっていたりみっとさん、コメント欄で思いを寄せてくださった樹立夏さん、私の書いた葵シリーズを愛してくださり、本当に本当にありがとうございます。
8ヶ月越しにようやくお礼が言えました。
りみっとさんの感想文を拝読し、じっくり味わい楽しんでくださっていることがひしひしと伝わってきて、とってもうれしく、しばらく葵と同じように噛み締めて何度も読みました。
りみっとさんの感想文に埋め込まれた樹立夏さんの作品もとても素敵なんです。
おふたりの愛にあふれた文章をいただけて、私はとっても幸せです。
このシリーズを書いてよかったと思いますし、結婚式までちゃんと書きたいし、過去の話も書きたい。またシロクマ文芸部で不定期ですが書いていけたらいいなと思っています。

あとがきが長くなりましたが、読者のみなさま、今週も読みに来てくださってありがとうございます!
それではまた。暑い日が続きますが、くれぐれもご自愛ください。私はポカ○をお守りになんとか日陰に隠れて生き延びています。

#シロクマ文芸部

サポートしてくださる方、ありがとうございます! いただいたサポートは大切に使わせていただき、私の糧といたします。