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サンタとトナカイ【お蔵入り別版】2021.8.8

はじめに

 表題の通り、ここでの第一作「サンタとトナカイ」とはまったく異なる、お蔵入り別作品です。ちなみに、過去最長です。
 実は、noteで書く前、たった一度、とあるサイトできまぐれに小説を書いたことがありました。結果は14ビューで反応0。顔から火が出そうになり、数日後に慌てて取り下げました。
 改めて読み返して、本当に恥ずかしいのですけれど、あえて戒めも込めて当時のまま掲載しようと思います。これも私なのです。
 長くて粗いので、どうか途中で読むのを諦めてください…初めて公開した作品なので、どうか生暖かい薄目でご高覧いただけましたら幸いです。

「三田さーん!」
「…はい…!」
「三田さんって、苗字、サ・ン・タじゃん。クリスマスプレゼントちょうだい!」
「…はい。クリスマスまでに用意しておきますね。」
「私も!」
「俺も!」
「……わかりました。」

久しぶりの、人との会話。めったに話しかけられない、地味な人間なので、授業終わりに急に話しかけられて、驚いてしまう。それも、大勢の目がこちらを向いている。その勢いに気圧されて、思わず頷いていた。
入学して7ヶ月が過ぎようとしている。人見知りな私には、未だに友人がいない。たまに声をかけられるのは、代返の依頼、試験・レポート提出前の質問、ノート閲覧希望のときくらい。そのたび、断りきれず引き受けてしまう。今回も、そう。静かで、依頼を断らず、便利な人というのが私の印象だろうか。お金にそれほど余裕がなくぎりぎりの生活を送る私は、返事をしてから頭を抱えた。自分の蒔いた種だ。責任をとるしかない。何を贈れば喜ばれるのだろう、人数分準備するには予算は…などと思案していると、声が上がった。
「三田だけにもらうの不公平じゃね?クリスマス、みんなでプレゼント交換ってのはどうかな?」
「いやだから、サンタだし、サンタにプレゼントもらうのって普通じゃん?」
「サンタじゃなくて三田だよ。いいじゃん、せっかくのクリスマス、みんなでパーティーしてプレゼント交換しようよ。なあ?」
「おお、いいじゃん。やろうぜ!」
「私もやりたい!」
「じゃあ、一人一つ、予算は千円以内な。当日やイブは予定あるやつ多いだろうし、12月23日でどうかな?」
「いいんじゃね!」
「行けるよー。」
「じゃあ決まりで。場所とったら連絡回すわー。出欠連絡早めによろしく。」
「りょうかーい。」
あっという間に、あれよあれよと決まっていくのを、ただ呆然と見つめていると…
「というわけで三田、23日のパーティー、プレゼントは一つ、千円以内なんだけど、あ、23日予定ある?」
「へっ!?…あ、空いています。」
「参加してくれる?」
「…はい。私まで、プレゼント一つで、良いのでしょうか…?」
「はは、なんだよそれ(笑)いいに決まってんじゃん。じゃあ、三田も参加な。場所と会費決まり次第連絡したいから、連絡先交換しとこ?」
「…私、スマートフォンではなくて…LIMEというのもしていないのですが…」
「そうなんだ。じゃあ、電話番号とメールアドレス、これ、俺のな。時間あるとき登録して三田のも教えて。」
「…はい!」
「じゃあ、バイトあるから、またな!」
「…お気をつけて!」
なんて、快活な人だろう。いつも周りに人だかりができ、笑顔が絶えない。人気者なのに、私のような人間まで救ってくれる。戸仲樹くん。彼はヒーローだ。

❄️

プレゼント。何にしようか…
人とプレゼント交換なんて、生まれて初めてだ。
男女どちらがもらっても困らず、千円以内…
アルバイト先の手芸店近くの雑貨店の中を巡っていると。
「三田!プレゼント買いに来たの?」
「えっ、戸仲、くん?どうして…?」
「さっき言ったろ?バイト。ほら、この格好!」
「…本当ですね。こちらでアルバイトをされていたんですね。」
「うん。三田、ここよく来るの?俺、初めて見かけたから。」
「この先の手芸店でアルバイトをしているので、たまに通りがかるくらいですね。アルバイトまでの時間に少し見てみようかと…」
「そうだったんだ。ゆっくりしてって。って俺の店じゃないけど(笑)」
「樹、油売ってないでね~、ほら、お客さん、レジで待ってるよ。」
「ごめん!じゃあ三田、ごゆっくり!」
カフェやレストランとか、華やかな飲食店が似合いそうな彼が、雑貨店でアルバイトなんて、意外だなと思った。

しばらく見て回ったが、どれも素敵な物ばかりで迷う。落ち着いた雰囲気で、お客様達も楽しそう。前を通るときに外から覗く程度だったが、また来たいと思った。
「お嬢さん、何かお探しですか?」
「…え?…あ、はい。」
「贈り物ですか?」
「…はい。大学で同じ授業を履修しているみなさんとのパーティーのお誘いを受けて、プレゼント交換をすることになりまして…探しに来たのですが、そういうことが初めてで、なかなか決められなくて…」
「そうでしたか。樹とは大学の知り合い?」
「…あ、はい。同じ授業を受けています。」
「なるほど。あいつ、弟なんです。仲良くしてやってくださいね。」
「…だから、戸仲くん、こちらでアルバイトを?」
「うん。バイト探してるって言うから、雇ったんです。」
「このお店の店長さんなんですね。」
「はい。男が雑貨屋なんて、変わってますよね(笑)」
「いえ、とても素敵だと思います。」
「ありがとうございます。妻が雑貨が好きでしてね、集めたり、作ったり。家に置ききれなくなって。妻の友人たちの勧めでお店を開いたらどうかってことになって、妻が開く予定だったんですが、妊娠しましてね。だから、仕事辞めて、私が店を開くことにしたんです。雑貨屋だけだとやっていけないから、奥で軽食も出してるんですよ。」
「良いですね…!また今度、寄らせてください。」
「プレゼントはいいんですか?」
「もうすぐアルバイトの時間なので…すみません。今度はごはんも食べに来ますね。」
「楽しみに待ってますね。」
喫茶店もやってるなんて、ますます楽しみだな。そう思いながら、アルバイト先へ向かった。

***

アルバイトを終え帰る途中で、声をかけられた。
「三田じゃん!バイト上がり?」
「…戸仲くん…!はい。」
「おつかれ。良かったら、飯食わない?」
「…あ、でも…」
「もう、準備してる?」
「…これからです。」
「じゃあ、決まり!俺も上がったとこだから。」
そう言って、彼は私の手を引いた。
気がつくと、先ほどの雑貨店に舞い戻っていた。こんなに早くまた来店することになるとは。
「いらっしゃいませ。あ、さっきの。」
「こんばんは。」
「何食べる?兄ちゃんの飯、何でもうまいよ。」
「………オムライスにします。」
「兄ちゃん、オムライスとハンバーグ定食お願い。」
「はあい。」
奥から、威勢の良い声がする。
しばらく待っていると、美味しい香りが漂ってきた。
「はい、オムライスです。どうぞ、召し上がれ。」
「ありがとうございます。喫茶店なのに、夜もやってるんですね。」
「このへん、あんまりレストランとかないでしょう?前は昼だけだったけど、夜もやってほしいって常連さんにお願いされちゃって。
何でもいいから雑貨を一つ買ってもらうって条件付きで始めたんです。あくまで雑貨屋がメインですからね。さあ、冷めないうちに。」
「…いただきます。…おいしい、です…!」
「だろ?こっちもうめー。」
「ふたりともありがとう。ゆっくりしていってね。」
店長さんは、奥へ戻っていった。
「ごめんな、急に誘って。でも、食べてほしかったんだ、兄ちゃんのごはん。」
「…ううん。誘ってもらって、うれしいです。こんなに美味しいごはんが食べられて。雑貨も素敵ですし、もっと早く知りたかったです。」
「ここ、大人のお客様が多いからさ、大学のみんなからはそんなに気に入られないかなって思って、誰にも知らせてなかったんだ。だから、三田が来て、驚いた。ありがとう、来てくれて。若い子が来てくれたって、兄ちゃんも嬉しそうだったし。」
「素敵な方ですね、店長さん。」
「子どもの頃から遊んでもらって、優しいんだ。奥さんも良い人だよ。」
「奥様お手製の雑貨もあるって。」
「うん、あれとか。すごいよなー手作りって。」
「わー、素敵!」
冬らしい手編みのマフラーや手袋、かわいい刺繍入りのハンカチ、細かい刺繍の壁飾り…素敵な物に囲まれて、美味しいごはんを人と食べる。夢のような時間だ。
しばらくうっとりしていると、隣から視線を感じた。
「…どうしたんですか?」
「え?」
「…私、顔に、何か付いていますか?」
「あ、ごめん(笑)三田もこんな風に興奮したりするんだなって思って。」
「…!ごめんなさい、はしゃいでしまって。」
「そんなこと!周りのお客さんに迷惑かけてないし、全然問題ないよ。そのままでいい。」
「…ありがとうございます。私も、店長さんの奥様にお会いしたいです。手作りの雑貨、好きなので。」
「手芸店でバイトって、それが理由?」
「…あ、はい。それと、叔母が開いているお店で、誘ってもらったので。」
「三田らしいね。三田も何か作ったりするの?」
「…そうですね…上手くはありませんが…」
「そうなんだ!良かったら今度見せてよ。」
「…駄作ばかりですので…大した物ではありませんよ。」
「いいよ。機会があったときに、見せてくれたらうれしいな。」
「…わかりました。」
「ありがとう。バイト先ってこの近く?」
「はい。Merryというお店です。」

あっという間に時間が流れ、気づけば店内は戸仲くんと私のふたりになっていた。
「ごちそうさまでした。ごはん、美味しかったです。」
「お粗末様でした。あ、今日はお代はいいですよ、樹の友人が初めて来てくれたんだ、サービス。」
「そういうわけには!プレゼントもまだ買えてませんし…」
「その代わり、気に入ってくれてたら、また来てほしいな。」
「すみません、では、お言葉に甘えて…また、必ず来ます!」
「待ってますね。」
「じゃあ、三田、また明日。夜遅いから、気をつけて帰れよ。今日はありがとな。」
「こちらこそ。ありがとうございます。…また、明日。」
外に出ると、風が冷たい。でも、このしんとした空気は、嫌いではない。
楽しい時間だったな…。
星が瞬く。冬は、空気が澄んでいるから、星が一層綺麗に見える。この星空と、先ほどの余韻に浸りながら、家路を歩く。

***

タッタッタッ
「…三田っ!近くまで送るよ。」
「…え?ど、どう、して?」
「兄ちゃんが、夜遅いから、女の子一人じゃ危ないから送っていけって。」
「…そんな、悪いです。大学生ですし、大丈夫ですよ。」
「大学生だから、危ないんだろ。近頃物騒だし。」
「…ご心配おかけして、申し訳ありません。」
「いいって。てか、敬語やめない?同い年でしょ?あ、俺、現役だよ?笑」
「そういうわけでは…私、みなさんに敬語ですし…た、タメ口なんて、経験ありませんから…」
「そうなんだ。じゃあ、無理しなくていいからさ、ゆっくり、三田のペースでいいからさ、タメ口に慣れていってほしいな。」
「…努力、します。」
「うん。」
「でも、戸仲くんが帰るの、遅くなってしまいますよ?」
「俺、明日二限からだし、大丈夫。」
「…。お家は、どのあたり、なの…?」
努力するとは言ったものの、タメ口なんて、慣れない。難しい。
「最寄りは栗須駅かな。三田は?」
「…雪見駅の近く。」
「隣駅じゃん。そうなんだ。そっちのほうが大学にちょっと近いね。」
「それで、選びました。私、朝が苦手なので…」
「そうなの?意外だな(笑)いつも早く席に着いてるじゃん。」
「起きたら早めに出ないと、すぐ二度寝しそうになるので。」
「わかる(笑)俺、いつも二度寝するから遅刻しないよう必死だよー。」
それから、たわいもない話をしながら歩き、気づけばアパートの前に着いていた。
「…ここです。」
「そっか。じゃあ、おやすみ。」
「遠回りさせてしまって、すみません。ありがとうございました。おやすみなさい。」
結局、敬語とタメ口を行ったり来たり。
でも、誰かとタメ口で話すなんて、初めてだった。それも、人気者である戸仲くんと。今日は、戸仲くんのおかげで、初めてのことでいっぱいで、驚かされてばかりだ。
空気は冷たいはずなのに、頬が上気している。人といると、こんなにも、温かいんだったっけ。

❄️

高校二年のとき、両親を事故でなくした。修学旅行中で、慌てて戻ったけれど、死に目には会えなかった。
ごく普通の家庭で、裕福ではないけれど、優しい両親に育ててもらって、幸せだった。友だちを作れなくても、注がれる愛を受けて、寂しさを感じず生きてこられた。
あまり泣かない物静かな私が、声を上げて泣き続けるので、親戚をずいぶん困らせた。優しい両親を形作る親戚もまた優しく、私に会いに来てくれ、少しずつ、立ち直れた。
特に、引き取ってくれた母の姉である叔母が、私を気にかけ、大切に育ててくれた。大学に合格して我が子のように喜んでもらえたときは、嬉しかった。一人暮らしを始めると伝えたら、寂しそうに、でも明るく送り出してくれた。

大学にも慣れて、アルバイトを始めようと思うと伝えたとき、うちでしない?と誘ってくれた。
私は、母の手作りの物が好きで、よく教わったが、最後まで母のようには作れなかった。
それを話したら、叔母はふふっと笑った。
「あの子に手芸を教えたの、私なのよ。実はあの子も最初は苦手でね、上達するまで時間がかかったわ。それでも、あなたのお父さんへのプレゼントを作るために、あなたに必要な物を作るために、一生懸命頑張ったのよ。承子ちゃんもね、いつかそんな人ができたら教えてね。私が教えてあげる。」
私に、そんな人ができるときなんて、来るのだろうか。そのときは、夢のような話だなと曖昧に微笑んだ。

***

翌日も、授業を終えて、アルバイト先にいた。
叔母の手芸店には、たくさんの人達が来る。叔母は手芸教室もやっており、それも評判で、口コミでどんどん人気になっている。
私はその手伝いができて楽しい。
「承子ちゃん、今日もおつかれさま。お客様が増えてありがたいのだけど大変だから、とても助かるわ。」
「…すごい、です。あんなにたくさんの人たちを、笑顔にできるなんて。」
「ふふ。ありがとう。今日は遅くなっちゃったし、明日お休みだから、良かったら晩ごはん食べてって。」
「…でも…」
「夫も出張中で寂しいの。迷惑じゃなきゃぜひ。」
「…ありがとうございます。」
「今日は、温まるシチューね。」
「手伝います。」
火の番をしながら叔母に話しかける。
「何から何まで、本当に、ありがとうございます。」
「やーねー。子どもは甘えていいのよ。急いで大人にならなくていいわ。私ね、感謝してるの。私、子どもを授かれなかったから。夫はそんなの気にしないって変わらずいてくれるけれど、やっぱり私は、ほしかったな。だから、あの子があなたを授かったときは本当に嬉しかったし、よく連れて来てくれて、私に懐いてくれて、嬉しかったのよ。あの子とあなたに救われたの。私のほうが、伝えたい、ありがとうって。もうあの子には、言えないけれど…だから、承子ちゃん。ありがとう。お母さんが二人いるって思ってくれたら、うれしいわ。」
叔母と食べるシチューの味は、いつもより甘い気がする。温かく、染み渡って、涙が出そうになった。
「やっぱり、私も、伝えたいです。叔母さん、ありがとうございます。叔母さんがいるから、母と父がいなくなっても、こうしていられます。叔母さんの愛、ずっと、ちゃんと感じてるから。母も、いつもお姉ちゃんがねって話してたから、きっと、伝わってます、叔母さんの気持ち。母も、言いたいと思います。ありがとう、って。」
「承子ちゃん…」
叔母につられて、私の涙腺もゆるんだ。

「大学はどう?」
「…ぼちぼちです。」
「そっか~。」
「この前、クリスマスパーティーに誘われました。」
「え!本当!まあ、いいじゃない!」
「戸仲くんという同じ授業で一緒の人が誘ってくれたんですが、学校の人とクリスマスパーティーなんて初めてで…。緊張します。プレゼントを、選ばなくてはならなくて…」
「プレゼント交換か~。懐かしいわ。」
「お店は、決めてるんですけど。」
「そうなの!どこ?」
「この近くのWishというお店です。」
「あら。Wishなんて。お店見る目あるわね~。」
「叔母さん、知ってるんですか?」
「うちで材料仕入れて下さってるのよ。今は奥さん、体が大事なときだから、旦那さんが代わりに来てくれてるわ。」
「そうだったんですか。」
「素敵なプレゼント、見つけられるといいわね。」
「…はい。ごちそうさまでした。」
「いいえ~。気をつけて帰ってね。」
「ありがとうございます。」
こんなに温かいことが続いて、いいんだろうか、と思うくらい、幸せだ。

❄️

週末にWishを訪れ、やっとプレゼントを買った。店長さんにも、良いプレゼントだね。喜ばれるといいね、と言ってもらえた。
それからは、アルバイトが終わるとまっすぐ家に帰り、来週から始まる中間試験に向けて勉強した。連日の試験で疲れたが、毎日励んだ。

試験最終日の金曜日、大学に着くと、うっすら雪が積もっていた。初雪だ。家より標高が高いからだろうか。
大学では、多くの人が雪のおかげで浮き足立っている…けれど…
「雪が解けてもいいから一緒にテストも溶けてくれないかなー。」
「吹雪いて休講にでもなればなー。」
この教室は、試験前で憂鬱な人が多い。
「三田さんは、平気そうね。できる人はいいわー。」
「俺らにもその頭脳、少しでいいから分けてほしいー。」
「…そういうわけではないのですが…私も、試験、好きではないですし…」
「そんなこと言う暇あったら、お前らも三田見習って勉強しろよー。三田にノートも借りただろ。」
「ええー、樹くんもしてないじゃん。」
「ノート借りただけですぐに頭良くなるわけじゃねーし、わかりやすいけど。」
「俺、ちゃんと勉強したし。直前は頭休めてんの。」
「あーできる奴はこれだからな。三田と違ってノートもそんなとってねーのにさ。」
「へへっ。」
悪戯っぽい笑みを浮かべる戸仲くんが、微笑ましくてつい見つめていたら…
「三田!今どこ復習してんの?俺もやっぱ復習しとくわー。」
目が合ったかと思うと、さっきとは違う笑顔を向けて寄ってくるので、驚いてしまう。
「…ここ、です。」
「うわー、三田のノート、すげーな。」
「書かないと、頭の整理、できなくて…」
「これってさ、…」
二人で勉強していると、先生が来て、試験が始まった。
今回の試験と期末試験・レポートが、成績に反映される。前期より良い成績を、学費を出していただいている叔母夫婦に見てもらいたいから、今回も真剣に取り組んだ。

***

試験が終わった頃、本当に吹雪いてきた。
「あー。終わったー。期末とレポートがんばるわ…げっ、今頃吹雪いてきた。」
「うそー、明日からもう休みだし、試験終わりに遊ぶ予定だったのにー。」
携帯を見ると、叔母からメールが来ていた。

吹雪、すごいから、お店は閉めます。
だから、今日はお休みね。
試験だったわよね?帰り道、気をつけてね。

少し残念だったけど、ここ数日遅くまで勉強して寝不足だったので、今日はゆっくり休もうと思う。
メールに返信し終えると、名前を呼ばれた。
「三田、もう帰る?俺、バイト休みになって。良かったら、後で一緒に帰らない?」
「私も、お休みになりました。お友だちは?」
「あいつらは先に帰ったよ。もうここ、後俺らだけ。」
いつの間にか、教室は私たちだけになっていた。
「どうして、戸仲くんは、帰らなかったの?」
「…吹雪、止まないかなって待とうと思ったんだ。あいつらは、もっと酷くなる前に帰るって。でも、予報見てたら、夜には止むらしいんだ。バイトもないし、少し待って帰ろうかと。さっきより吹雪いてるから、今はもう帰れそうにないし。」
「そうなんですね。では、待ちましょうか、止むの。」

しばらく二人で待って、暗くなったが、一向に止む気配がない。そればかりか、更に勢いを増しているように思える。
「…止まない、な…さっき無理してでも帰ったほうがよかったかな。」
「そう、ですね…」
「もう少し待とうか。」
「…はい。」
話していると、急に、電気が消えた。
「あれ、ど、どうして…わっ。」
「三田!?落ち着いて。スマホで照らすから。ほら。大丈夫?」
「大丈夫、です。すみません、焦ってしまって。」
「このあたり、雪の影響で停電したらしい。電車も止まってる。…ここで夜を明かすしかない、な。」
「…そう、ですか…」
「くしゅっ。」
隣で、戸仲くんがくしゃみをした。よく見ると、震えていた。すっかり冷え切って、寒い。
「これ、どうぞ。」
「え?」
「これ、この前買ったんです。良かったら使ってください。少しは、温まるかと。」
「マフラー!でも、三田は?」
「私は自分のを持ってるし、コートあるから。」
「…ありがとう。使わせてもらうね。あったかい。もしかして、これ、プレゼント交換の…」
「いいんです。また買いに行けば良いですし。それより、戸仲くんが風邪を引いてしまったら大変だから。」
「ごめんな、本当にありがとう。お言葉に甘えるね。俺、寒いのダメなんだ…」
「はい。」
本当に、寒いのが苦手なようで、マフラーをしても、まだ寒そうだ。他に何か温まる物は…
「…三田。悪いんだけど、もう少し、寄ってくれないかな?寒くて。」
「…へ?わ、私、あの、」
「くしゅっ。ごめん、変なこと言って、困るよな…」
「わかりました。私なんかで良ければ。」
「…ごめん、ありがとう。…あったかい…」
「それは良かったです。他に温まる物を持っていれば良かったのですが…」
「ううん。このマフラーと、三田のおかげであったかいよ。十分だ。」
「私も、暖かいです。」
嘘だ。暑い。心臓の音が聞こえないか心配になる位高鳴って、今にものぼせそうだ。
「あの、良かったら、これも…私、暑くて…」
「ごめん、俺のせいだよね。」
「いえ、その、戸仲くんのおかげで私も温まったし、何枚も重ね着してるので。このコート、必要なくなったから、かぶっててください。戸仲くん、まだ寒いでしょう?」
「いや、俺はもう、」
「まだ少し、震えてるの、伝わります。私、本当に暑いので、かぶってください。」
「…ごめん、本当、ありがとう。」
「いえ。謝らなくていいのに。私のほうが、助けてもらっているから。これくらいしか、今はできないから…」
「ありがとう。でも俺、助けたつもり、ないんだけどな。」
「戸仲くん、優しいから気づいてないだけで、私、ずっと救われてますよ。」
「へへ。なんか照れるな。」
それから、話しているうちに、気がついたら教室で眠っていた。
起きたらもう、吹雪は止んでいた。

***

「戸仲くん、朝になりましたよ。吹雪、止んだので、帰りましょう。」
「うん…?あ、もう、朝か…おはよう、三田。」
「おはようございます。」
「帰るか。コホコホ」
「大丈夫ですか?やはり、風邪を…」
「だいじょう、コホ、ぶ、コホコホ」
「早く帰って温かい所で休んだほうがいいですね。」
「三田は?大丈夫?」
「私は大丈夫です。昨日言った通りです。」
「そっか、よかっケホっゴホっ」
「戸仲くん!」
さっきまでこらえていたようだが、体調は思ったより悪そうだ。触れてみると、少し熱い。熱が出ている。咳も苦しそうだ。
「タクシー呼ぶので、もう少し待ってください。」
「大丈夫、帰れゴホゴホ」
「病院行きましょう。しゃべらなくていいので、そのまま座っててください。」
雪で上がってこられないとのことで、下まで支えて歩き、タクシーに乗り込んで病院へ向かった。
病院で熱を計ったら、38度を超えていた。しんどかっただろうに、私を心配させないよう、タクシーでも病院でもずっと無理してしゃべってくれた。
点滴を打ってもらい、薬をもらって、帰れることになった。少し、顔色が良くなった気がする。
帰りのタクシーで、戸仲くんは何度も謝った。
「ごめんな、三田。迷惑かけて。」
「私のことはいいので、早く治してください。看病しなくて、本当に大丈夫ですか?」
「兄ちゃんとこ行くから。大丈夫。」
「クリスマスパーティー、元気になって、来てくださいね。これ、待ってる間に買ったので、食べてください。」
「いろいろ、本当にありがとう。パーティーまでには絶対治す。」
「はい。」
ここで大丈夫と言い、彼は店長さんの家へと帰っていった。

翌週は授業もなく、Merryでアルバイトをして過ごした。明日は、クリスマスパーティーだけど、大丈夫かな…

❄️

パーティー当日。
澄んだ青空の下、メールで知らされていた目的地へと歩みを進める。
お店に着くと、既に戸仲くんがお店の人と何やら打ち合わせをしている。
来られたんだ、元気そうでよかった…
手にはWishで買い直したプレゼントを携えて、ドキドキしながらお店へと足を踏み入れた。
カランカラン
「三田!久しぶり!早いね!」
「戸仲くん、久しぶり。体調大丈夫?」
「心配かけてごめん。もう全快!」
「良かったです。」
「俺は幹事だから、三田が一番乗りだよ。好きな席に座ってて。」
そう言うと、彼はまたお店の人と打ち合わせを再開する。
打ち合わせを終えたらしい彼が、私のほうへ駆け寄ってきた。
「今日さ、終わったら一緒に帰ろ!」
「あっ、う…」
続きを言い終える前に他のみんながぞろぞろやって来て、彼はその対応に向かった。

席決めをして、クリスマス用のコース料理を食べながらたわいもない話をしているのを聞き、席替えをして、プレゼント交換をして…
慣れない私は取り分け係や飲み物の注文に徹し、一生懸命相槌を打った。
プレゼントは、美味しそうな紅茶が当たった。叔母さん、喜びそうだなと、一緒に飲むのを想像して楽しみになった。
気づけば二次会の話で盛り上がっている。カラオケがいい、朝までファミレスだ、宅飲みしよう、ボウリング行こうぜ…
戸仲くんはどうするんだろう…

「みんな、そろそろ時間だから、続きは外でな。」
戸仲くんの一声で、みんなぞろぞろと外へ出て行く。
忘れ物を確認していると、
「三田!ありがと!用あるから、ちゃんと待ってて。」
と声をかけられた。
用って何だろう。

「みんな、今日はありがとう!楽しかった!俺は予定あるから帰るけど、二次会楽しんで!メリークリスマス!」
「えー、戸仲帰んの?何だよ予定って?まさか彼女!?」
「違うよ、バイト、夜からだから。」
「大変だね~。がんばってね!」
「ありがとう!じゃあな~。」
散り散りに解散していく。
うろうろしていると、ぱっと腕を掴まれた。彼がしーっと指で合図する。
「見つかると騒がれるから、こっち。裏道。」
そう言って、戸仲くんが手を引いていく。

❄️

「三田、来てくれてありがとな。」
「こちらこそ、お誘いくださって、ありがとうございました。楽しかったし、助かりました。」
「え?」
「お金、あんまりなくて…みんなにプレゼントを用意してたら、足りませんでした。」
「三田。ああいうの、気軽に断っていいんだよ。悪乗りしてる奴らもいたけど、断ったって、三田は悪くないんだからな。一方的にほしいなんて、おかしいし。」
「戸仲くんは、優しいですね。」
「普通だと思う。でも、」

「俺だけが知ってたかった。ちゃんと渡したかった。」

「入学式の日にさ、大事な物を落としちゃって。探し回ったけど見つからなくて。途方に暮れて、数日後にダメ元で教務に行ったら、誰かが届けてくれてて。本当に大切な物だったから、嬉しくて。お礼が言いたくて、教務の人に名前を聞いたけど、わからなくて。覚えてたのは、文学部で、黒髪の長い女の子で、黒い腕時計をしてるってことだけ。」
それは…
「だから、俺、法学部だけど、文学部の授業を空きコマで受けてたんだ。年も学科もわからないし、休講のときに聴講したりもして。とにかく一言、本当にありがとうって伝えたくて。」
目をまっすぐ見つめて、彼が言う。
「そして、見つけた。他に俺は見つけられなかった。文学部の、黒髪の長い、黒い腕時計をした女の子。三田だよね?違う…?違ったらごめん!」
確かに、入学式の日に、届け物をした記憶がある。
「それって、藍色の巾着袋に入っていた物ですか?」
「やっぱり三田だ!そうだよ、これ。」
そう言って、彼は大事そうに藍色の巾着袋を取り出した。思い出した、この巾着袋だった。
「これさ、合格決まってすぐ、入学祝いでもらったんだ、母さんに。」
中から出てきたのは、綺麗な手鏡。
「大学生になるんだから、身だしなみはちゃんとしなさいって。母さんから、万年筆と一緒にもらった、最後のプレゼントなんだ。母さん、俺が家を出る直前に、病気で死んじゃって…突然で、俺も、父さんも驚いて…ごめん、こんな話。」
「ううん。」
「父さんに、俺までいなくなって大丈夫か聞いたけど、大丈夫だーって。がんばってこいって。」
「うん。」
「だから、父さんに、万年筆をあげて、母さんと一緒にがんばろうって約束して。」
「うん。」
「入学式の日に、人混みでバッグから中身が全部こぼれちゃってさ。かき集めたんだけど、どうしても鏡が見つからなくて。だから、三田、本当にありがとう。」
「よかった、大事なお母様からのプレゼント、戸仲くんのもとに戻って。」
「最初は、ただ、お礼が言いたかったんだ。見つけて、でも確信が持てなくて、とりあえず話しかけなきゃって思ったんだけど、」

「ひとりが好きなのかなって、見てて思って、突然話しかけたら驚かせるかなって、なかなか声かけらんなかった(笑)」
「人見知りだから、私からは誰とも話せないんです。」
「うん。人が嫌いってわけじゃないんだなってのは、見てたらだんだんわかったよ。」

「先生のことまっすぐ見ながらうなずいて授業聞いてるし、周りから質問されたら丁寧に答えてるし、黒板のこととか、さっき言ったことを進んでやるのは、人が嫌いな人がすることじゃない。いい子だなって思った。」
「戸仲くんこそ、いい人だなって思います。私が遅くなったとき、黒板消してくれてましたよね。それに、誰も挙手しないときに、挙手するし、勇気あるなって。文学部じゃないって知らなくて。意欲的ですね。」
「ちゃんと受けたいって思った。三田が受ける授業。お礼を言うために、同じ授業出るようになって、でも、三田見てて、いい子だなって思って、もっと知りたくなった。だから、三田が面白そうに聞く授業をちゃんと受けたかったし、いつか話したいって思ってた。クリスマスパーティーはさ、今だ!って思ったんだ。チャンスだって。」
「チャンス。」
「うん。三田にプレゼントねだるのはどうかと思うけど、あいつらのおかげで、三田とこうして誕生日に話せてるんだもんな。」
「あの、」
「うん?」
「どうして誕生日を…」
「ごめん、突然驚くよな。実は、三田とバイト終わりに話した後、Merryに行ったんだ。」

「三田の叔母さんにお会いした。三田と同じ大学生だって話したら、戸仲くん?って言われて、びっくりした。」

「三田が学校の知り合いの名前出すの珍しくて、もしかしてって。パーティーに誘ってくれてありがとうって。すごく嬉しそうだったって、聞いて、俺も嬉しかった。」
……恥ずかしい。
「ちょうどその日が誕生日だって聞いたから。」
「だから…!」
「うん。おめでとう。ノリじゃなくて、ちゃんと大事に祝いたかった。大事な恩人であり、大切に思う三田を。」
「大切…?」
「……俺、三田が好きだ。」
!!!
「真剣な顔も、バイト終わりに見た笑顔も、優しいところも、誰も気づかないところまで目を配るところも、好きだ。三田を幸せにしたい。幸せでいてほしい!…三田?三田!?」
信じられない気持ちと、夢みたいな気持ちと、ぐちゃぐちゃで、多分人に見せられない顔をしているのを自覚して、顔を覆ってその場にうずくまった。
「…大丈夫?…困ってる?」
大丈夫。困ってないよ。どう伝えたらいいかな。言葉にならない。

❄️

私にとって、戸仲くんは、眩しい存在だった。ぴかぴか輝いていて、いつも人の輪の中にいる。
あいさつしてくれるのも、みんなの中のひとりだと、当然のように思っていた。
いつも隅で授業を受けて、授業が終わるとまっすぐ帰っていたから、彼のことはほとんど知らない。学部が違うことも初めて知った。
まさか、私を探してきてくれていたなんて、思いもよらなかった。

「…困ってなんてない、です。」
ようやく、言葉を紡げた。
「…驚いて、信じられなくて。遠い存在で、光のような人だから…」
「そんなこと。」
「…いい人だなって思ってました。誰も掬いとらないものを、大切に掬う人だなと。でも、自分と交わることを想像してなかったです。あの日、助けてくれたとき、なんて優しい人だろうと思いました。アルバイト終わりに声をかけられて、手を引いてごはんに誘われて、びっくりしました。」
「ごめん、強引だったよな。」
「そうではなくて…えっと…最初は、戸惑い、ました。親戚以外と、給食以外でごはんを誰かと食べるなんて、なかったから。どうするのが正解かもわからなくて。でも、ごはんを食べていたら、ただ楽しくて。気づけば夜が更けていました。時々話せると嬉しくて、体調を崩されてから会えない間心配で…寂しかったです。今日会えて、ほっとしました。」
「俺も。三田も体調崩してるんじゃないかって心配だったから、元気そうで安心した。」
「私は元気でした。ずっとまたお話ししたかったから、帰りに誘ってくれて嬉しかったです。」
「うん。」
「……私も、戸仲くんが好きです。戸仲くんといると、幸せです。でも、私なんかで、」
「なんかじゃないよ。三田といたいんだ。本当に、気を遣ってとか、じゃない?あの、俺、友だち以上に思ってる。大事に思ってるよ。…三田は…?」
「……ちゃんと、大好きです。」
「…っ!本当にっ!?うわ、心臓ばくばくいってる…あ、あの、俺と付き合ってください!」
「…私でよければ、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく!…やったーー!!信じられない。うれしい!ありがとう。」
そう言って、私がぐちゃぐちゃになりながら涙を流すのを、そっと、でも力強く包み込んでくれた。私のほうこそ、私を見つけて、照らして、幸せにしてくれて、ありがとうって言いたいのに、うまく言葉にできなかった。

***

「最高のクリスマスプレゼントだなぁ。」
「あっ!プレゼント…!開けてもいいですか?」
「もちろん。三田、まだ敬語抜けないね(笑)」
「ごめんなさい、あ…ごめん。」
「ううん、ゆっくりでいいよ。」
「ありがとう。開けるね。」
紺色の箱に巻かれた銀色のリボンを解くと、中に鮮やかな色のストラップが収められている。
「これ、三田の誕生石。三田を守ってくれたらいいなって。」
「綺麗…」
しばらくうっとり見つめていた。
「ありがとう。大切にします。」
「喜んでもらえてよかった。あっ!」
彼の目線を追って見上げると、雪が舞い始めていた。
「雪ですね。」
「うん。これ、洗ったんだけど、使う…?」
「私、持ってきてるので、迷惑でなければもらってください。クリスマスプレゼント、何も用意してないので。」
「今日は、三田の誕生日だから気にしないで。ありがとう、じゃあもらうね。」
「はい。」
「よかったら、さ、」
そう言って差し出された手を、緊張しながら繋ぐ。雪の降る中を、ふたり静かに歩く。

しばらく歩くと、家の近くまで来ていた。
「明日さ、予定ある?」
「いえ。」
「じゃあ、10時にWishで待ち合わせて、ごはん、どうかな?」
「ぜひ。アパートに着きました。」
「本当だ。じゃあ、また明日。」
「また明日。気をつけて帰ってね。」
「ありがとう。」
名残惜しくて、しばらく彼の後ろ姿を見送る。時折振り返って手を振ってくれたので、振り返す。見えなくなるまで見つめていた。

***

どこからか、鈴の音が聴こえる。
空を見上げると、雪に混じって、星が一筋流れるのが見えた。

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