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かき氷 海砂糖シロップがけ

 かき氷が恋しい季節になった。昔は白地に青い波紋があしらわれた浴衣に身を包んだ瑞江ちゃんと待ち合わせて、仕事帰りに屋台に寄って、ベンチで汗をかきながら食べたっけ。私はレモン味、瑞江ちゃんはブルーハワイ味。あの頃から瑞江ちゃんは、青が好きだったねぇ。

 以前七海さんと作った海砂糖を一つ、小瓶から取り出す。これを小鍋に入れ、水少々を加え、弱火でコトコトと煮詰めてシロップを作る。とろみが出てきたら水を少し加え、火を止める。その間も木べらで混ぜる手は止めない、冷ましつつ、固まってしまわないように。あの日見た七海さんの手付きを思い出しながら、印刷したかき氷のシロップのレシピを見て、見よう見まねで作ってみたが、味はどうだろうか。スプーンで掬ってなめる。ブルーハワイとは違うが、なかなかの出来ではなかろうか。

「瑞江ちゃん、かき氷 海砂糖シロップがけできたよ!」
 ぼんやりと縁側で佇んでいた瑞江ちゃんに声をかける。高冷地とはいえ、早くも危険な暑さだと新聞の紙面に毎日のように忌々しい文字が載るような今夏である。お互い年を重ねた私たちは、うっかりすると命に関わる。瑞江ちゃんが水分と塩分をしっかり補給するよう、渡したコップの中身が、お煎餅が減っているか、日々気をつけている。
「海砂糖シロップ! いいわねえ」
 瑞江ちゃんがきらきらと目を輝かせてこちらに向かってくるのをうれしく思いながら、昨日の夕方汲んでおいた湧き水を凍らせて作った氷をかき氷機にセットして、小振りのお皿を置いて、くるくるとハンドルを回していく。削れた氷がふわふわとお皿に積もっていく。椅子に腰かけてじっと見つめる瑞江ちゃんの向かいで、氷が縁側の向こうの山のようになるまで削った。先ほど作ったシロップをかけると、瑞江ちゃんはたちまち顔を綻ばせた。自分の分も用意して、手を合わせる。
「いただきます」
 私は瑞江ちゃんの顔を窺う。
「美味しいねえ。優しい甘さねえ、海砂糖のかき氷」
 あの日、海砂糖を食べ比べたけれど、瑞江ちゃんの求めていた海砂糖が入っていたか、それはわからない。それでも、笑顔で海砂糖の結晶を味わう瑞江ちゃんに、込み上げてくるものがあった。
「海みたいに美しいわねえ、昔食べたブルーハワイを思い出すわ。それより少し深い、海の青色だけれどね」
「瑞江ちゃん、ブルーハワイのかき氷を食べたこと、覚えているのかい?」
「ええ、航くんと食べましたね」
 最近は口数も減り、自分の名前が出てくることはめったになかった。今日はやけに饒舌で、不意に自分の名前が瑞江ちゃんの口からまろび出たものだから、スプーンを進める手が止まり、瑞江ちゃんを見つめる。瑞江ちゃんは、あの頃の愛らしいうっとりとした表情で、かき氷を掬って少しずつ山を崩していく。
 また、作ろう。そして、ふたりで食べよう。かき氷 海砂糖シロップがけを。

「航くん、もう、溶けちゃうわよ」
 瑞江ちゃんの言葉におどけてみせながら、海砂糖のかき氷をじっくり味わった。そうして、あの頃のように舌を見せると、瑞江ちゃんも真っ青の舌を恥ずかしそうに出して、笑い合った。縁側の向こうに、青い空がずっとずっと続いていた。

🍧

小牧幸助さん、今週も素敵なお題をいただきありがとうございます!
実は生まれてこのかた、ブルーハワイ味のかき氷を食べたことがないすーこです。
深夜の勢いに任せて筆をとってしまいました。明日も仕事です。さすがにこの時間なので、明日以降コメントに伺えればと思います。

昔のお題で書かせていただいた前作はこちら。

思ったより多くの方に読んでいただけてうれしかったのを覚えています。
こちらの作品も含め、過去のシロクマ文芸部活動参加作品をマガジンにまとめました。
奇跡的に一枚、シロクマの写真が見つかりました。サムネイルだとちょうどお顔が隠れてしまいました。

読者のみなさま、今週も読みに来てくださってありがとうございます!
私は少しずつ部屋の片付けに励みつつ、仕事に邁進しつつ、みなさんの作品を徐々に読む日々です。時間がもっとほしいものです。
それではまた。突然の夕立、40℃近い茹だる暑さに辟易しそうになりますが、またお会いしましょうね。

#シロクマ文芸部

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