「全て私の無能さが原因です。家族のみんなごめんなさい」←コレ

「自己」が強く求められる時代だ。

職場でも社会でもSNSでも何かにつけて「自己主張」が求められ、何か新しいことに挑戦しようものなら「自己責任」に言及され、自らが何者であるかを定義するために「自己紹介」が求められる世の中だ。「自己」と戦い続けなければいけないことが現代の会社員の大きな葛藤であり、自らの能力を高め続けるために「自己啓発」といった自己研鑽に余念がない。

誰もが「強い自分」こそが、未来を切り拓いていくものだと信じて疑わない。「弱い自分」を認めることすらできず、弱い自分を認めた瞬間に自己との戦いに敗れ、自分が社会の闇に葬り去られてしまうのではないかと怯えて暮らす人も少なくない。

そして、ますますその状況はエスカレートしている。

過労死の理由の変遷からそれらが垣間見えてくる。まず、1980年代に「過労死」という労働問題が大きく取り扱われたわけだが、その当時の過労死した労働者の言葉を見てみると。。(※「隠された奴隷制」(植村邦彦/集英社新書)より)

「現代のサラリーマンたちはあらゆる意味で奴隷的である。金に買われている。時間で縛られている。上司に逆らえない。賃金も一方的に決められる。。」(ある広告代理店マン(43歳)の残した手記より)

「僕は奴隷かなぁ」(ある下請け業者(46歳)が死の直前に寝床で妻に漏らした言葉。)

いずれも辛く重たい言葉だ。自分が会社や上司に従属して「奴隷」だとという認識の中で死に追いやられていく。だが、近年になると過労死者が残した言葉は変化していく。


「自分がどんな人間で何を考え、何を表現すればいいかわかりません」
「もう少し強い自分でありたかったです」
(01年に過労自殺したある総合職女性(26歳)が残した走り書き)

「全て私の無能さが原因です。家族のみんなごめんなさい」(06年に過労自殺した小学校女性教員(23歳)の書き残したノート)

奴隷化による疲弊といった動機から、「自己の弱さ」(無責任さ/無能さ)を告白し、自ら責め立てる言葉を残すようになった。「自己責任」というプレッシャーに追い立てられながら、所定の労働時間内には終わらせられることができないほどの仕事量を詰め込まれ、納期の厳守、サービス残業や持ち帰り残業をせざる状況に追い込まれ、責任感の強い働き手ほどドンドンと死に追い込まれていってしまう。

加えて、2010年代後半になると経団連会長らによる「終身雇用制度の崩壊」のエピソードや「人生100年時代」というロングスパンでの人生設計の必要性は、更に「強い自己」が必要であることに追い討ちをかける。もはや僕たちは「弱い自分」をさらけ出すことはできないのだろうか。強くないとこの世界で生きていけないないのだろうか。

そんな答えのないことに逡巡していた矢先、本連載の担当編集者とふたり、飲み屋に行く機会があった。酔った勢いもあるのだろうが、目一杯の「弱い自己」を打ち明けてくれた。

ここでは書けない逸話ばかりなのだが、「弱い自己」があってこそ人の強さや豊かさをつくることを強く思わされた夜だった。自己をつくるには強さだけではなく、弱さが必要ある。あなたは自らの弱さを吐き出すことができるか。僕たちは自らの弱さを強さとして受け止められる社会をどうやってつくっていけるのだろうか。「自己」が求められる時代だからこそ、僕は弱い自分を認めてあげたいと切に願う。


⇒ということで、筆をすすめるのが遅く、原稿執筆を3ヶ月も放置してしまいました。弱い僕の責任です。そして、今年のTWDWの開催に向けて「隠された奴隷制」(植村邦彦/集英社新書)を読んで勤労について考える日々なのです。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?