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〈インタビュー〉背景を想像して、つながる|高橋みず希さん

 どこで、誰と、何をして生きるか。障がい児者相談センターみゅうの高橋みず希さんは、しんどさ、大変さを身にみて感じながら、それでもきつけられ、福祉の道を選び続けてきた。彼女の選択を支えるものは何だろう。見えてきたのは高橋さんのまっすぐな思いと、福祉特有の時間の流れだった。

わからない、知りたい

 進路の選び方は様々だ。大学から福祉の道に進んだ高橋さん。その主眼にあったのは福祉ではなく、実は部活動だった。

高橋:大学は吹奏楽をやりたくて選んだんです。高校の時は部活に夢中だったので吹奏楽部が強いところで選んだようなもので。進んだ学部は社会福祉士養成のカリキュラムだったんですが、恥ずかしながら高校時代にはそのこともほとんど知らなくって。学科名が臨床福祉だったので、臨床心理学みたいなことを勉強できるのかな?という知識くらいでした。

大学では部活漬けの毎日を送りながら、一方で徐々に学業への意欲も高まっていった。

高橋:福祉との出会いはそんな形なので、いまここにいるのはホントに偶然だという感じがします。でも勉強し始めたら、とても興味の湧く分野で面白かったんです。私の通っていた大学の福祉学科では、高齢者支援や児童支援を選ぶ人が多くて、障害者支援を選ぶ学生は多くなかったのですが、当時この分野の担当をしていた先生の授業が興味深くて自然と障害福祉の道を選んでいました。また、学校の周りに障害のある方へ支援をしている事業所がたくさんあったので、夏休み前などに学生に向けてボランティアやアルバイトの募集が盛んにあったことも、福祉の仕事に興味を持つきっかけになりました。

障害福祉への関心が堅固になったのは、アルバイトでヘルパーをはじめてからだ。

高橋:3回生になって時間ができてきたので、アルバイトをしようかなと。そこでせっかくなら福祉にかかわることをと思い、資格をとってヘルパーのバイトをはじめました。知的障害の人のお出かけに付き添ったり、身体障害の人の自宅を訪問して料理をつくったり。なかでも一人の女性とのかかわりがいま仕事をしている基盤になっていると思います。その方は重度の知的障害、かつ重度の自閉症でした。その方との関わりは、言葉でのコミュニケーションが難しく、目の前で繰り広げられている行動の理由をうまくつかめず、支援にとても苦戦しました。でも、だからこそ、すごく興味をひかれたんです。「何を思ってはるんやろう?」って。そこから、大学で勉強する中でも、重度の知的障害と自閉症のある人たちへの支援、特に「行動障害」といわれるような、支援の困難性の高い人たちの支援に興味をもつようになりました。

「知りたい」という純粋な思いが、高橋さんの仕事の根っこにはある。

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背景を想像する

「知りたい」という思いは、一人一人の価値観を形づくる背景へと目線を誘う。

高橋:重度の知的障害のある人たちに、ご本人の口から行動の理由を聞くことは難しい場合がほとんどですが、支援に入って同じ時間を過ごすなかで、少しずつその人の好きなこと・苦手なことが分かってきたり、ご家族など周囲の方の話を通じて、その方のアイデンティティを知っていくことで、「なるほど!」と思う瞬間があります。「だからこれが好きなんですね!」みたいに。いろんな切り口からその人の人となりを知ってそれらがつながる時に、面白いなと思います。

背景を知り、相手のことをより知っていくことで、人と人は深くつながることができる。人には百人百様の背景がある。相手の言動を自分の価値観から理解するのではなく、その人自身の価値観や置かれている状況から理解していく。ときに相手から傷つくような表現を受けたとしても、相手の本意ではなくて、そういう仕方でしか気持ちを表現できなかったんだと受け止める。そしてお互いにとってより気持ちのよいコミュニケーションの仕方はないかと考え、対立から協力へ、亀裂から融和へと関係を方向づける。
背景を知り、物事の見え方が変わり、態度が変わり、関係が変わる。背景を知ることは、相互的な変化へとつながっていく。

高橋:行動の背景を知ると、関わり方も変化していきました。同じ時間を一緒に過ごしたり、行動の背景を想像したりして、いろいろと支援の方法を試行錯誤する中で、言葉というより、接し方や空気感、微妙なニュアンスが多分変わっているんだと思いますが、そうして、支援する側の関わり方が変わればそれまでとは違う反応が返ってきたり。「通じたかな?」という瞬間や「以前よりも安心して過ごしてくれているな」というのが伝わると、支援を続けてきて良かったなと思えました。粘り強く積み重ねていけばどんなに障害が重くても、互いに信頼関係を築けることを、福祉の仕事を通じて体感しました。

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試行錯誤した20代

とはいえ、高橋さんにとって福祉界でのキャリアは容易な道のりではなかった。

高橋:大学時代から、相談員に興味を持っていました。大学生のときに見た相談員をされている先輩方の働く姿がすごくかっこよくて、あんな仕事がしたいなと憧れていました。最初は希望すれば相談員になれると思っていたのですが、最低5年の実務経験が必要だと知って。相談の仕事をするにしても、対人援助が全ての支援の基本にあることを知り、どうせなら一番大変なところを知っておきたいと思い、入所施設での仕事を希望しました。

こうして高橋さんの、障害のある方が生活される入所施設での勤務がはじまる。

高橋:でも入所施設での6年間は、ホンマに大変でした。たくさんいらっしゃる利用者さんたち一人一人の生活を支えるのに毎日必死でした。怪我や病気のリスクから命を守ることで手一杯。ご飯を食べて、お風呂に入って…という毎日当たり前にやっていること一つ一つを支援することの大変さを身をもって知ることができました。
必死こいてやってたらあっという間に6年たっていたんですよね。私の20代はどこへ行ったんや?って(笑)それくらい、あっという間に過ぎていきました。

入所施設での時間は、大変な経験でもあり、いまの高橋さんを形づくってきた大切な経験でもある。

高橋:このときの経験があるから、障がいのあるご本人の状況や困りごと、その困りごとに毎日向き合い支えておられるご家族さんのリアルに寄り添えるようになったと思います。言語でのコミュニケーションがとれないなかで、意思疎通を図ることの難しさ。イメージが共有できないなかで、障害のある方に安心感をもって行動してもらうことの難しさ。食事・睡眠・排泄などの介助が毎日続くことでの身体的疲労。同時に難しさしんどさもあるからこそ、穏やかな様子を見るとすごく嬉しかったり、困りごとが解決できた時すごくホッとしたりすること。障害のある方の生活をご家族が支えるのが当たり前になっている社会では、ご本人もご家族も孤立して、辛い思いをされることが多いと思います。もっと当たり前に、障害があっても支援を受けながらやりたいことを実現したり、ご家族も介護者としてだけではなく、一人の人として、生活が成り立つようなことを社会の仕組みとしてできるとよいと思います。そのためにも、もっと支援が行き届くようにならないといけませんね。

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福祉的な時間を生きる

様々な経験もありながら、高橋さんが障害福祉の仕事を続けてこられた要因の一つには、福祉の世界の時間の流れが関係している。

高橋:障害福祉の仕事は、答えのないことをずっとやってるような仕事です。今日明日で答えが出ないのが当たり前。私はそれくらいのペースがちょうど自分に合っているなと思います。成果や売り上げをものすごく求められてかされるのとは違う世界。福祉はすごく息が長い支援なので一朝一夕で成果が出たり、何か答えが出来るわけではありません。でも、そこにやりがいを感じます。関わり方次第では何十年もかかわることができることが魅力だと思います。

過去・背景を想像し、未来を大きく捉えながら、いまここに向き合う。福祉には他の世界とは少し異なる時間感覚があるのかもしれない。

高橋:「みゅうは、いっしょに悩みます。」これが私のいま働いている相談センター・みゅうの標語なのですが、とってもいいなと思っていて。相談員は、残念ながら何事にも的確な答えを導き出せる万能な存在ではありません。でも一緒に考え、悩むことはできるかなと思っています。いまの困りごとは何なのか、これからどうしていきたいか、一緒に考えて悩んで。その中で、相談してくださった方が、納得のいく答えを見つけてくださるといいなと思います。

高橋さんは、ゆったりとした時間の流れる福祉の世界で働くことで、自分自身への向き合い方も変化してきているという。

高橋:私自身、学生時代~仕事をする中でも悩むことは多かったです。そんな自分は、障害のある方にかかわる延長に、自分のそういう悩みを紐解ひもとく糸口があるかもしれないとどこか期待してきた部分もあるのかなと思います。障害を通して知った「ありのままでいい」や「生きているだけでお互いに影響を与え合っている」といった考え方は自分に返ってきているように感じます。障害のある人と関わるなかで 自分のことを捉え直すことができてきているのかもしれません。まだまだ悩みも多いし、一生勉強だなと思いますが、障害のある方に関りながら、「どんな人も生きやすい世の中ってどんな世の中なんだろう?」「お互いが分かりあうためには何が必要なんだろう?」といった、障害にとどまらない大切なことを考え続けていければなと思ってます。

上昇主義とは相容あいいれない存在も「はだかのいのち」としてそのまま包みこむ福祉の世界。そこには、私たちの生きづらさをほどいてくれる何かがあるように思える。

高橋:音楽はそれぞれの音が違ってもお互いの違いを尊重できる世界で、そこがいいなと思うんです。それって人間も同じことかなって。

高橋 みず希(たかはし みずき)
相談センター「みゅう」相談員。大学・大学院と障害福祉を学び、障害福祉の分野で働き始めて9年目。趣味は猫と昼寝すること。

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ダイバーシティ&インクルージョンの時代の鍵の一つ「ともに生きる」を障害福祉を切り口に考え、これからの社会をよく生きていくヒントを探索するメディア〈ヨコヨコ〉。「ヨコへヨコへと、ヨコヨコと」を合言葉に、ゆったりと丁寧に文章を編んでいきたいと思います。
ヨコへヨコへと、ヨコヨコと。
次回は、障害者相談・生活支援センターやすらぎの小西さんです。お楽しみに。

執筆・編集:大澤 健
企画:大津市障害者自立支援協議会

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