見出し画像

大雨の後

 森に隣接していて木陰の中にある屋外プールは設備の何もかもがオンボロで嫌だったが、中学では水泳部に入部した。小学校のころプール教室に通ったので多少は水泳ができたのと、サッカーやテニスなどの他のスポーツはやったことがなかったので、消去法で残ったのが水泳だった。

 最初の年に大会に出してもらった。そう言えば聞こえがいいが、忘れたい過去だ。奮闘したつもりだったが、ゴールでは競技者全員の視線が最下位の私に集まっていた。クロールや平泳ぎと違い、隣の状況が分からない背泳ぎは、残酷な競技だと知った。

 でも、良かったと思えた経験がひとつだけある。
 夏の日、練習中にぽつぽつ雨が降り始めた。その雨は次第に激しくなり瞬く間に土砂降りになった。やむなくプールを出て屋根のある所へ逃げて、雨が打ち付けるプールをぼんやり見続けたら、それほどたたないうちに止んで、重たい曇り空が残った。

 プールサイド立って見ると、水面が不思議なくらい静まり返っていた。おそるおそる体を沈めると、水温が下がっていてひんやりと心地よい。驚いたことに、水の中にはいつもと違う光景があった。水道の真水のように水が透き通っており、ゴミや浮遊物が底でおりのように積み重なっていて、私が動くとゆらゆらと震えた。湧き出た水の中にいるようで、体の動きに合わせてコロコロという水の鳴らす音が流れては消えていった。私は練習を忘れて、いつまでも水中を漂っていた。

 このことは大人になった今も覚えていて、当時居合わせた友人に「大雨の後のプールはキレイだったね」と聞いてみるが皆知らないと言う。覚えているのが私だけなのは、きっと水泳自体にはさほど熱心でなく、他のものが入る隙間が空いていたからじゃなかろうか。

 大人になった今も水泳を続けている。あの光景は、永遠にたどり着けない思い出の場所のようではあるけれど、いつかまた見ることができるような予感がある。

#未来に残したい風景

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?