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春のダイエッター

我が家の牧草地は春真っ盛りである。1カ月ほど前までところどころで土が見えていたのに、青々とした牧草がぐいぐい伸び始め、辺り一面に緑色の絨毯が敷き詰められた。そこにタンポポがポツポツと黄色い水玉をつけたかと思うと、一気に黄色い絨毯となり、心地よいふかふかの大地へと変身させたのだ。さらに今年は、牧草地の隣には菜の花畑が広がり、鮮やかなことこの上ない。

我が家の家畜たちは、羊も、牛も、馬も、干し草になんてもう目もくれず、次々と生まれてくる柔らかい草を食みつつ、暖かな日差しの中、牧草地で寝転んでいる。まだ気温は急降下することも多いけれど、色で満ち溢れた春がようやく訪れたというわけだ!

塀の向こうにある牧草地が色の世界に変わったとなると、我が家の中庭にある芝生も猛烈な勢いで伸びていく。家人のファンファンが、ぼうぼうになった草を嘆いて、大急ぎで芝刈りをする時もあるのだけれど、なんせ超多忙なお人。定期的に芝刈り機を出動し、刈り込まれた芝生が常に保たれることは、我が家では皆無なのだ。

でも、芝生も牧草も、そもそも草であることには変わりない。牧草地の草は家畜が食べるのに、芝生の草は芝刈り機で刈るっておかしな話である。というか、何が違うのかと思って検索してみると、こんな記事を見つけた。



フランスでは、芝生がある家が多いけれど、とある知人宅は広大な芝生にプールもついている豪邸で、いつ訪れても同じ長さで芝生が綺麗に刈り込まれている。なぜならば、ロボットの芝刈り機が、少しでも芝が伸びると自動的に刈ってくれるというもの。私たちがアペロを飲み、夕飯を食べている最中でも、ロボットはひとりでせっせと芝を刈っている。ああいうのをお金持ちの芝生というのだと、上の記事を読んでとても納得した。

冬になると自家製干し草ロールだけでは足りず、他所から藁ロールを買って来て、家畜たちの食糧を補わなくてはいけない我が家。植物がどんどん生えてくる春だからといって、芝を刈ったらそのまま捨て置くなんて、食べられるモノをドブに捨てるようなものである。どう考えても、もったいない!



だから、牧草地と家畜を所有していてもお金持ちではない我が家では、昔のように芝刈りを家畜に任せることになる。というか、こうなると芝生とは言わず、牧草地の一部が家の中庭にあるようなものである。そこで登場するのが、ポニーのルキーなのだ。


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ちなみに名前のルキーとは、英語の「Lucky」のフランス語読み。初めに聞いた時にどういう意味だろうと思ったら、英語だと聞いて愕然。恐るべしフランス人、まったく意味が通じませんから(苦笑)! 

しかし、このルキーさん、毎年草の乏しい冬を痩せずに過ごすのである。もちろん冬毛になるから、少しは毛にボリュームがあったとしても、お腹がパンパンな体型は少しも変わらない。となると、栄養豊富で瑞々しい草がじゃんじゃん生えてくるこの春において、野放しにしておくのはとても危険。

馬もそうだけれど、特にポニーは草があれば延々と食べ続ける動物で、肥満になりやすいのだ。肥満になると人間同様、病気になりやすいし、死に至る恐れもある。だから、牧草地に放し飼いが基本の馬やポニーながら、食餌制限をする必要がある。そのために牧草地は区画し、ひとつの区画内の牧草を食べきったら、次の区画へと家畜を移動させるのである。休ませた区画内に牧草が生えるのを待つという意味もある。

となると、パンパンなルキーは、他の馬が食べきった後の区画に入れることになるのだけれど、それでも次から次へと生えてくるのが春の牧草というもの。はっきり言って、この時期にルキーを入れる区画がない。もちろん、芝生に連れて来て、ぼうぼうに伸びた草を食べさせた時には、それはもう恐ろしいことになるのは確実である。


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したがって、ダイエッターとなるルキーは、長さ5mくらいのチェーンに繋いで草を食べさせることになる。これが素晴らしい天然の芝刈り機で、ご覧の通り、円形に綺麗に草を食べてくれる。私たちは、ルキーに食べさせる草の量を制限しつつ、食べて欲しい場所にチェーンごと連れて行けばいいだけ。とはいえ、馬やポニーの誰もが、同じようにチェーンで繋いでおけるかといえばそうでもないらしい。もちろん慣れも必要だし、性格的にも向き不向きがあるだろう。

実はイギリス生まれのルキー。出身地は「ニュー・フォレスト」で、国立公園内を自由に歩き回って育ったポニーなのだ。数年前にイギリスを旅行した時にルキーの故郷を見に行ったことがあった。放し飼いにされたポニーたちは、人間にも車にも慣れており、車まで近づいてくるほど。


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ちなみに国立公園に入る道路にはフェンスがなく、車は自由に出入りができる。どうして動物たちが外に出ないのかと思えば、敷居となる地面には鉄格子が敷かれ、動物たちの脚がはまるくらいの穴が開いてるのだ。だから、その上を車は通れても、動物たちは通れない仕組みになっているというわけ。

そんな環境で育ったために、ルキーは物怖じしないし、少しのことではパニックにもならない。何かあった時にちゃんと自分の頭で考えられるようなポニーなのである。だから私たちも安心して、犬たちがウロウロしている中庭の芝刈りを任せられるのだ。

しかし、機械では数時間で終わってしまう中庭の芝刈りながら、食餌制限のあるルキーとなると進みが遅く、すでに開始から1カ月が経過したが、まだ半分くらいしか刈られていない状態。時々、牧草地に放してしばしのバカンスを与える必要もあるし、どうしても時間は掛かるというもの。

また、食べて欲しくないバラの葉を食べたり、食べて欲しい雑草を食べなかったりする欠点は、いくら優秀なポニーといえどもある。相手は動物なのだから、すべてが人間の思い通りにいかないのは当然なのだ。

芝刈りを動物に頼めば、燃料も除草剤もいらないのは、もちろんのこと。ルキーは食べた分の排泄物を大量にその場に落とすけれど、それらは土の養分となるだけ。日本でも除草ヤギのレンタルがあるらしいけれど、パリの環状道路脇では除草羊(※盗難や公害による羊の健康への問題はあるらしいが)を見たことがあるし、シャルル・ド・ゴール空港の芝生でも羊が芝刈り隊として活躍しているらしい。草を食料とする家畜を利用した、これ以上にないエコシステムというわけ。


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さらにうれしいのは、私が仕事をしている場所からルキーが眺められること。ポニーが見える仕事場なんてあまり多くはないに違いない。私としては、ロボットが刈って常に整った美しい芝生よりも、牧草地の一部と化してルキーが時々いる中庭の方が断然に好みなのだ。

だからといって、せっせと芝刈りに励むルキーを見れば、私の仕事もはかどるかといえば、まったくもって別問題であるのだけれど。

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