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労働時間管理体制の構築義務に関する取締役の責任

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 とうとう2021年最後の出勤日です。
 今年も早かった・・・
 来年は5日が仕事始めなので、1年の計画を立てる元旦の計画を立てておかないと、ダラダラして終わった、なんてことになりそうです。

 さて、今日は、労働時間管理に関する取締役の責任についてですが、取締役の善管注意義務違反が問われた株主代表訴訟の判決が出たので、その裁判例(肥後銀行事件(熊本地方裁判所令和3年7月21日判決))を紹介します。

株主代表訴訟とは

 まず前提として、本件の裁判で使われた株主代表訴訟という制度について説明します。

 株主代表訴訟は、会社の取締役が会社に対して負っている善管注意義務、忠実義務、競業避止義務などを適正に果たさなかったときに、その責任を追及するため、株主が取締役に対して提起する訴訟です。
 本来、取締役の義務違反行為によって会社が損害を被った場合は、会社がその取締役に責任を追及しなければなりません。
 しかし、「会社」の執行権を握っているのは訴えられる取締役自身ですから、会社から取締役に対する責任追求を実効性あるものにするため、会社法は、監査役が会社を代表して訴訟を提起することとしています(監査役会設置会社)。

 ところが、監査役には、元々同僚や先輩後輩であった取締役を訴えることに躊躇を覚える人もいます。

 そこで、監査役が会社を訴えない場合に、株主が会社を代表して取締役の責任追求する訴訟を提起することができるようにしたのが、株主代表訴訟です。

 株主代表訴訟においては、取締役らの会社に対する責任(任務懈怠に対する損害賠償請求(会社法423条1項))を追求する訴えなどを提起することができます(会社法847条1項)。

 今日紹介する裁判例は、会社の取締役が労働者の労働時間管理体制を構築してそれを適正に運用するという義務を果たさなかったとして提起された株主代表訴訟に対する判断です。

事案の概要

 本件は、肥後銀行に勤務していた従業員P1が在職中の2012年に自殺したため、P1の妻が元株主としてP1死亡当時の取締役11名に対して、法令遵守が重視される銀行の信用が毀損され銀行が損害を被ったのは、被告らが従業員の労働時間管理の構築をすべき善管注意義務を怠ったからであるとして、損害賠償金2億6400万円及び遅延損害金を銀行に対して支払うように求めた株主代表訴訟です。

 この訴訟に先立つ2013年、P1の相続人(妻と子ら)と母は、P1の自殺は銀行の安全配慮義務違反によるものであるとして、銀行を被告として熊本地方裁判所に損害賠償請求を提起しました。
 
 そして、熊本地方裁判所は、2014年10月17日、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務を負うところ、被告である肥後銀行は、亡P1の著しい長時間労働を認識し得たにもかかわらず、漫然と、過重な長時間労働に従事させていたのであるから、被告は上記の注意義務を怠ったとして、妻に対して8538万6000円と遅延損害金、子ら3人に対してそれぞれ2512万8000円と遅延損害金、母に対して1000万円と遅延損害金の支払いを命じました。
 肥後銀行はこの判決に従い、相続人らと母に対する支払いを完了しました。

 本件では、このように会社が遺族らに対して損害賠償をしなければならなかったのは、取締役らの責任であるとして会社に対する賠償を求めるものです。

 被害者遺族は、既にその損害の賠償を受けていますし、株主代表訴訟は、被害者遺族に対する直接の損害賠償を求めるものではありませんので、P1の妻が元株主(肥後銀行が株式移転をした時点の株主)の立場で取締役らを訴えたとしても、直接の経済的メリットはありません。

 しかし、P1が長時間労働で自殺に追い込まれるほどの重度のうつ病に罹患したのは、当時の取締役らが適切な管理をしていないという任務懈怠があったのにもかかわらず、会社のみが損害の支払い義務を負い、取締役らが個人的に何の痛みも負わないことに、P1の遺族らは強い怒りを感じていたのだと考えられます。

 そこで、肥後銀行の株主の地位にあったP1の妻は、株主代表訴訟を提起し、取締役ら個人の責任を追求しようとしたのでしょう。

熊本地方裁判所の判断

労働時間管理に係る体制の構築・運用義務の有無

 裁判所は、以下のように述べ、「労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める」取締役の義務が一般的に存在することは認めました。

 会社は従業員の健康等に対する安全配慮義務を遵守し、その労務管理において従業員の労働時間を適正に把握するための労働時間管理に係る体制を構築・運用すべき義務を負っており、代表取締役及び労務管理を所掌する会社の取締役も、その職務上の善管注意義務の一現として、上記会社の労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っているものと解される。また、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、上記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っているものと解される。

 ただし、どのような体制を構築し、どう運用するかは経営判断の問題であるから、取締役の行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったか、及びその事実に基づく意思決定の推論過程と内容が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったか、という観点で判断するとしました。

 もっとも、会社が上記労働時間管理に係る体制の構築・運用義務を履行するに際し、具体的にどのような内容の体制を整備すべきかについては、労務管理が専門的な知識や経験を要する業務であることに加 え、規模の大きな会社では労務管理のためのシステムの整備に相応の費用及びそれに専従する人員の配置を必要とすることを併せ考慮すると、上記労働時間に係る体制の構築・ 運用は経営判断の問題であり、会社の経営を委ねられた専門家である代表取締役及び労務管理を所掌する取締役に裁量権が与えられているというべきである。したがって、会社の取締役に対し、適切な労務管理の体制の構築・運用を怠ったことが善菅注意義務に違背するとしてその責任を追及するためには、代表取締役及ぴ労務管理を所掌する取締役の判断の前提となった情報の収集、分析、検討が不合理なものであったか、あるいは、その事実認識に基づく判断の過程及び判断内容に明らかに不合理な点があったことを要するものと解するのが相当である(なお、取締役は、会社経営を行うに当たり法令を遵守することが求められているから、 取締役が上記労務管理の体制整備に際して労働基準法等の法令を遵守すべきことは当然である。)。

肥後銀行における労働時間管理に係る体制の構築・運用が善管注意義務に違反するか

1 体制の構築

 まず、労働時間管理に係る体制については、その運用さえ適切に行われれば、従業員の時問外労働を適切に把握することができる仕組みになっているから、相応の合理性を有する体制が整備されていた、と認定されました。

平成24年当時の肥後銀行の労働時間管理に係る体制は、従業員による自己申告を基礎とするものであったものの、各部室店の課長代理以上の役席者が各従業員の退行を現認して時間外管理表の退行時刻を確認して押印することとされ、各部室所店長にその旨が周知されていたことに照らすと、上記労働時間管理に係る体制が各部室店の役席者により適切に運用されていれば、従業員の時問外労働を適切に把握することができる仕組みとなっており、相応の合理性を有する体制が整備されていたものといえ、肥後銀行の労働時間管理に係る体制が労働時間適正管理基準に違反していたとは認められない。

2 体制の運用

  そして、その合理的な体制の運用についても問題ないとしました。

平成24年当時における肥後銀行における労働時間管理に係る体制はそれが実質的な自己申告制であったことを踏まえても労働時間適正管理基準に違反するとまではいえず相応の合理性を有するものであるといえ・・・、 それに基づく運用と して、肥後銀行は、従業員の労働時間管理に係る体制が一部適切に運用されなかったり、相当な長時間労働を行っている従業員が発見された場合にはその実態を把握するとともに、その改善のための調査・改善計画の 策定を行っていたほか、従業貝へのアンケー トによる情報収集や労働時間管理委員会及び労働時間管理部会における具体的な改善策の検討も継続して行うなど必要な施策を複数行っていたものであり・・・、平成24年当時において肥後銀行が構築,運用していた労働時間管理に係る体制は合理的なものであり、その適正な運用を担保するために複合的・重層的な施策が採られていたと評価することができ、当時の他の民間企業の状況等(書証略)と比較してもその体制や施策は遜色のないものであったということができる。

 また、実際にP1の労働時間を管理できたかどうかについても、以下のように述べて、被告の取締役らにはP1の労働時間管理は現実的に可能であったとはいえない、としました。

・・・P1の直接の上司でない取締役である被告らがP1の長時間労働を具体的に予見することは困難であったというべきであり、業務統括部に対する内部監査があったこと・・・、P2副部長から業務統括部長を通じて人事部長に対し業務企画グループの人員の増員の要請があったこと・・・を踏まえても、肥後銀行の労務管理として、業務統括部に対する平成24年4月の人員1名の増員・・・や全行的な労働時間削減の施策に加え、P1という一個人に配慮して特別の対策を講じることが現実的に可能であったとも考え難い。

・・・P1の上記長時間労働 を具体的に予見し、業務統括部の人員の増員やターミナルシステムからの強制ログオフのような物理的に長時間労働を不可能とする職場環境や残業削減の取組み等の全行的な施策の他に特別の対策を講じることは困難であったといえることからすれば、被告Y5及び被告Y10が人事部の監督義務を怠ったとはいえないし、被告Y7が業務統括部の監督義務を怠ったともいえない。

 会社が労働時間管理を適切に行わなかったことで責任を負うことと、各取締役がそれについて任務懈怠責任があることとは、異なる次元の問題ということですね。

 会社の安全配慮義務違反について取締役個人にも安全配慮義務違反があるケートであれば、任務懈怠責任も認定されるかもしれません。

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