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定年延長と賃金

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 定年を45歳に、というサントリーホールディングスの新浪剛社長の発言が波紋を呼んでいます。 

 法律は定年年齢を引き上げようという流れにありますので、経済界の本音がそれとは逆行するものだったことを知らされました。

 私は今年50歳ですが、まだまだ仕事でやりたいこともあるので、ここで「はい定年!」と言われるとちょっと困ってしまいます。

 定年を延長するけど給与は4割カットね、と言われると、それも困ってしまうだろうな・・・

定年延長後の給与のカットは不利益変更?

 定年を延長した後の給与を減額することは労働条件の不利益変更になるのでしょうか。

 不利益変更の問題となることを前提に、労使間の合意の有効性が争われた裁判例があります。

 青森放送事件(青森地方裁判所平成5年月16日判決)

 放送会社において、定年制を55歳から60歳に延長する就業規則の変更に際して、定年年齢を1年に1歳ずつ段階的に延長し、55歳以上の従業員の給与を54歳時の給与に固定し、賞与を54歳以下の従業員の基礎支給額の半額とする旨を定めた使用者と労働組合との覚書の有効性が問題となりました。

 まず、被告と労組との間で本件覚書を取り交したことにより、被告と労組との間に本件段階的定年延長制について合意が成立したかが検討されました。

 裁判所は、「・・・認定した本件協定書及び本件覚書作成に至る経緯、本件協定書と本件覚書の内容並びに本件協定及び本件覚書作成後の被告と労組の対応等を総合考慮すれば、本件覚書を取り交したことにより、被告と労組との間において本件段階的定年延長制導入について合意が成立したものと認めるのが相当である」として、合意の成立を認めました。


 2つ目に、段階的定年延長制を定めた就業規則の有効性が検討されました。

 原告は、本件段階的定年延長制は、憲法の保障する生存権・労働権並びに平等権を侵害し、労働基準法の差別禁止規定の趣旨にも反するものであり、一般企業及び民放他社の60歳定年制の実施状況に鑑みれば、国際・国内で確立した社会的コンセンサスに背くものであり、また、被告は60歳完全定年制を実施できる財務内容を持ちながらそれを実施しないことは高年齢者雇用安定法に定める努力義務に違反するものであるから、結局、本件段階的定年延長制は、到底合理性を持ち得ないものであり、民法90条の公序良俗違反として無効であると主張しました。

 しかし、裁判所は以下のように述べて、公序良俗違反はないとしました。

・・・我が国において60歳以上定年制を採用している企業の割合は昭和60年1月現在の55.4パーセントから平成3年度には70.8パーセントにまで増加し、この傾向は現在でも続いていると認められるが、いまだ60歳以上定年制を採用していない企業も多数あることが認められ、また、青森県における60歳以上定年制の普及率は我が国における平均的な普及率よりも低く平成元年度において39.3パーセントであり、なお60歳未満定年制を採用している企業が相当数あり、さらに、昭和63年における民放101社のうち、62社は60歳完全定年制を採用しているものの、なお、39社は60歳未満定年制を採用していることが認められる。
 ところで、労働者の定年制自体は、人事の刷新・経営の改善等、あるいは企業の組織及び運営の適正化のために設けられるものであり、多くの企業が定年制を採用していることからすれば、一般的にいって不合理な制度とはいえない。
 そして、右認定のとおり、我が国の一般企業及び民間放送会社において60歳完全定年制がほぼ完全に普及し、普遍化しているとまでは認められない現状では、60歳完全定年制が我が国社会の公の秩序(国家社会の一般的秩序)を形成しているとまで認めることはできない。したがって、我が国の一般企業及び民間放送会社が採用している定年制の実情に照らせば、被告の採用した本件段階的定年延長制が社会的妥当性を欠き不合理なものということはできない。
 そうすると、本件段階的定年延長制を定めた本件就業規則65条は、本件段階的定年延長制が実施された昭和63年4月の時点及び原告が56歳になった平成元年10月の時点においても、公の秩序に反して無効であったということはできない。


 3つ目に、本件段階的定年延長制は原告の期待権を侵害するかが検討されました。

 原告は、被告と労組との間の定年延長を巡る交渉の経過から、高年齢者雇用安定法の成立・施行に伴い、被告において60歳定年制が実施され、原告が60歳に達するまで雇用が継続されるという期待を持つに至ったのであるから、本件段階的定年延長制は原告の右期待権を侵害するものとして無効であると主張しましたが、裁判所は、原告のそのような期待を、期待権として法的保護に値するものとまでは認められないとして、原告の主張を認めませんでした。


 4つ目に、本件段階的定年延長制は不当労働行為にあたるかも検討されましたが、裁判所は、本件段階的定年延長制は被告と労組との間の合意により成立したものであり、また組合員以外の被告の従業員にも本件段階的定年延長制が適用され、組合員であると否とにかかわらず定年年齢に達した従業員は退職しなければならないのであるから、本件段階的定年延長制が不当労働行為にあたるとは到底いえない、と判断しました。


 これらの理由により、裁判所は、被告会社の段階的定年延長制について合意の成立を認め、その合意に基づいて改訂された就業規則は有効であるとしました。

 この裁判は、定年延長後の給与の引き下げは労働条件の不利益変更の問題となりうることを前提に、合意の有効性を判断したものです。

労使間の有効な合意

 定年後に雇用する制度をもっていない会社が、新たに定年後の雇用制度を作り、定年後の給与体系を新設する場合には、“変更“ではなく“新設“だから不利益変更の問題にはならないということもできるかもしれません。

 しかし、上記のように、裁判になれば定年後の条件設定は慎重に行うことを求められる可能性があります。

 したがって、定年後の雇用制度を新設する場合であっても、労使間の合意を得ておくのが得策だと言えるでしょう。



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