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中村 俊輔選手が母校を訪問しました。

深谷小学校創立50周年記念イベント
「50周年のバトンを未来へ ~おかえりなさい中村 俊輔選手~」


2022年5月31日(火)に中村 俊輔選手が母校の横浜市立深谷小学校を訪問しました。
深谷小学校は今年創立50周年を迎えました。(ちなみに創立記念日は、6月1日です。)
その節目の一大イベントとして、卒業生である中村 俊輔選手の講演が決定しました。

講演の依頼は、思わぬところから。中村選手の父・博之さんが子供たちの登下校を見守る「学援隊」として地域の活動に参加。
その活動の中で、校長先生から博之さんに依頼が届いたそうです。
中村選手曰く、「まずオヤジが、そんなことしてたことすら知らなかった」とのこと。(笑)
地域の子どもたちの安心・安全を守るお父様、素敵です。

講演スタート

中村選手が体育館に登場。子どもたちはこの日の為に作成した手作りのデザインうちわを持って、中村選手をお出迎え。
司会・進行は児童の皆さん。(一部先生がサポート)

講演は質問形式で、児童の皆さんからの質問に対して、中村選手が答えていきます。

Q.サッカーをしていて楽しい瞬間はいつですか?

中村選手
目標を立てていく作業も好きだし、達成した時の達成感が好き。
自主トレも好きだし、練習したプレーが試合で出た時は嬉しい。

Q.夢をかなえるためにどのような努力をしましたか?

中村選手
大きな夢や目標もだけど、目の前の小さな目標をたくさん積み重ねた。
目標が達成できると次の目標へという感じ。目標を忘れないようにノートに書き続けた。
小さな目標や夢を常に持つことが大事。
人よりうまくなりたい。上手くなるためには練習しなきゃいけないと思って、毎日繰り返していた。

Q.勉強をするうえで大切なことは何ですか?

中村選手
なんでも楽しみながらやるということ。ただ、勉強に関しては、自分の意見はあまり参考にならないかもしれません。(笑)
一人だと難しければ、仲間と一緒にやることもいいかも。

Q.好きな教科は何でしたか?

中村選手
体育はもちろん。あとは算数かな。解いていくのが好き。

Q.好きな給食のメニューは?

中村選手
揚げパンとソフト麺。ソフト麺とか今あるのかなぁ。

Q.フリーキックを上手に蹴るコツは?

中村選手
狙った場所に蹴れるように何度も練習する。
蹴り方や蹴る場所を変えながら。
蹴り方のポイントは、Youtubeとか見てみてください(笑)

Q.プロサッカー選手になってからの目標

中村選手
まずはチームでレギュラーとして試合に出場すること。
次はチームの中心になること。
日本代表でプレーすること。
チャンピオンズリーグに出たい。
ワールドカップやビッグクラブで活躍したいなどいっぱいあった。
叶えられたものもあるし、叶わなかったものもある。
ただ、目標を持つことは大事。
いろいろな目標はあったけど、一番はサッカーがうまくなりたいって思っていた。


子どもたちからの質問に対して、丁寧に自身の考えをわかりやすく伝えていった中村選手。
子どもならではのかわいらしい質問もあり、ほっこりとした時間となりました。

ふれあいタイム

講演後は、中村選手とボールを使用してのふれあいタイム。パスやリフティングで中村選手とパス交換。上手にできた子もできなかった子も一様に目を輝かせている表情が印象的でした。
代表児童が前に出て、リフティングを披露する時間も。サッカー経験者の子たちは抜群の安定感で中村選手も拍手を送りました。
またチャレンジしてくれた子どもたちへ「まずはみんなの前に出て、リフティングをする。その勇気が素晴らしい。また、失敗してもすぐに切り替えて、チャレンジしていく姿勢もすごく良かった。」と子どもたちへメッセージを送りました。

ふれあいタイムの時間が終了し、最後の閉会の時間へと移ろうとしたとき、中村選手から一つの提案が。
中村選手のいるポジションから、全校生徒の皆さんが座っている最後方のポジションに立っているクラブスタッフにパスを通すというチャレンジ。
その距離約30m。児童からは「えー!!そんなことできるの?」といった声が挙がっていました。
リフティングしているボールを浮かせたままパスをするという難易度の高いチャレンジ。
1回目、2回目はわずかにボールがそれてしまい成功ならず。
子どもたちは自作のうちわで中村選手を盛り立てます。
迎えた3回目。左足から放たれたボールは綺麗な放物線を描いて、クラブスタッフの腕の中にピタリとおさまりました。
プロサッカー選手の技術を目の当たりにした子どもたちからは大きな歓声があがりました。
これまでここぞという場面では必ずと言っていいほど、期待に応えてきた中村選手。この日もしっかりとその期待に応えてくれる千両役者ぶりです👏

楽しかった時間もあっという間に過ぎ、いよいよ閉会の時間となりました。
代表の児童から、お礼の言葉や花束を受け取り、最後は学年ごとに集合写真を撮影してイベントが終了。退場時には花道を通り、全校生徒に見送られて会場を後にしました。

中村選手が休み時間必ずと言っていいほど、ボールを蹴っていた壁。キックの原点がここに。

終わりに。

イベント終了後、中村 俊輔選手に感想をお聞きしました。

イベントを終えて。

「久しぶりに学校に来てみて、懐かしかった。建物が小さく感じたりして。
この学校が50周年を迎えてお祝いを伝えに来たのに、みんなに『お帰りなさい』と言われて感動した。嬉しかったです。

自分が小学校の頃はまだプロサッカーリーグがなかったし、これっていう夢はなかった。
ただ、やっぱりサッカーが好きで、サッカー漬けの毎日だった。休み時間もサッカーをしていた。壁当てをしていた壁もまだあるしね。
当時は取り合いだったんだけどね。
あの頃とサッカーに対する気持ちは変わっていないし、こうして今日小学校に来て、子どもたちと触れ合って、壁当ての壁も見たりして、初心じゃないですけど思い出しましたね。
子どもたちも夢をかなえるためにどうすればいいのかってするどい質問があったけど。
当然叶わない夢もあるけど、自分は積み上げていく作業が今でも好きだし、それを達成するために協力してくれた監督やコーチ、仲間や家族の存在っていうのは大きかったんだなと感じています。

今コロナ禍であったり、少子化であったり、学校が残っていくことが難しい状況かもしれないですけど。
卒業生として少しでも力になれることがあれば力になりたいと思います。子どもたちには、友達を大切にして、かけがえのない時間を過ごしてほしいと思います」


稀代のレフティー・中村 俊輔の原点ともいえる場所。
給食で揚げパンをほおばり、休み時間のたびに壁当てでキックを磨いてきた。理科室の骸骨の人体模型は少し怖かった。
そんなどこにでもいるサッカー少年はいつしか日本代表の10番を背負い、世界の強豪選手を相手に数々の美しいゴールで多くのサッカーファンを魅了し続けてきた。その経験は今日、子どもたちへ未来のバトンとして受け継がれた。たくさんの人に夢と希望を届ける中村 俊輔選手のストーリーはまだまだ続いていく。