夜逃げ
夏休み。
息子が理科の自由研究をやっている。
水を電気分解して、出てきた水素を爆発させてロケットを飛ばすという実験で、
私も手伝わされた。
自分が小学生の頃の自由研究と言えば、理科はからっきし苦手だったので、
もっぱら文系のテーマを選んでいた。
小学3年生ぐらいのときに、日本の白地図に各都道府県の
野菜の産地を調べて書き込んだのを思い出した。
商店街の八百屋のおじさんは、私が毎日学校帰りにお店の前を通ると、「おかえりー」と言ってくれるような顔馴染みだったので、夏休みの宿題に協力してくれた。
地図と鉛筆を持って八百屋に行き、
落花生は千葉、じゃがいもは北海道、とひとつひとつ教えてもらった。
おじさん夫婦とおじさんの弟2人の4人で切り盛りしている八百屋で、繁盛しているように見えた。
ところが、ある日を境に、八百屋のシャッターが下りたままになった。
来る日も来る日もシャッターは閉まったまま。何日待っても開く気配がない。
病気にでもなったのかと思っていたら、
一家で夜逃げしたらしい、と母がどこからか噂を聞いてきた。
なんでも、おじさんがギャンブルで借金を抱えていたのだと。
どこまで本当かは分からない。
あんなに優しかったおじさんたちが夜逃げだなんて。
「夜逃げ」は、小学生にとって初めて聞くような言葉だったが、
深夜に急いで荷物を積み出して、トラックで走り去った姿を想像した。
今頃、どこにいるのだろう。借金取りに見つかっていないだろうかと案じた。
それ以来、おじさんたちと会うことは二度となかった。
忘れた頃に、八百屋の跡地は、パチンコ屋になってしまった。
今思うと、店を担保にして、パチンコ屋関係者に借金していたのかもしれない。
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