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子供の時間と大人の時間

GW中のある日こと。
その日は、一日中息子と一緒にいた。

そばにいる彼は、常にせわしなく何かをやっている。
「なんか落ち着かないねぇ。ちょっとはじっとしていられないの?」
思わずそう言うと、
息子曰く、
「こんなに楽しいものが目の前にあるのに、なんでじっとしてなきゃいけないの?」

真顔でそう問い返され、
一瞬、私は答えに詰まった。

息子は、
レストランで食事が出てくるのを待っているとき、
車に乗っているとき、
乗り物の列に並んでいるとき、
待ち時間が発生すると、ほんの数分でも、持ち歩いているマンガを読んでいた。

普段から息子には、"ただ、ぼーっとしている時間"というものがほとんどない。
歩いているときは、
「しりとりしよう」、「クイズやろう」と言ってくる。
何も読むもの、見るものがないときは、
頭の中で、好きなマンガのストーリーを思い出している。
寝る時間の直前まで、
「あと少し!」とマンガを描き、
睡魔の限界でベッドに入って、コテンと寝る。



"子供はじっとしていられないもの"
とは言うけれど、
一体それはどうしてなのだろうか。

私自身が幼稚園の頃のことを思い出した。
母のお遣いに着いて行った帰り道、
近所の文具店で、可愛いノートを買ってもらった。
帰宅して、そのノートの表紙の女の子が主人公の物語を
何気なく書き始めた。
物語を書いては、絵を描き、
ところによっては切り紙を貼ったり、折り紙を貼ったりして、
次から次へと白いページを埋めていった。
最後のページが来るまで物語は続き、
気付けば夕方になっていた。

実際には、ほんの数時間だったかもしれない。
でも、夢中になっていたあの時の感覚は、
今の大人の時間の物差しで思い返すと、決して数時間やそこらではない。
もっと何倍にも長く思えるぐらい、濃密な時間だったように思う。

脳や身体の成長過程にある子供は、自分で生きてゆけるようになるために、
様々なことを急速に吸収、学習しようとする。
次から次へと新しい刺激を求める。
一方大人は、すでにある程度いろいろなことができるようになって、
それを繰り返して、日々を送っている。
そんな大人と子供とでは、時間の密度が違うのだと思う。
大人は、「あっという間に1年が過ぎちゃったわ」と言うけれど、
子供にとっての1年は、振り返れば、ありとあらゆる体験をし、新しい発見をした
長い長い時間旅行の記憶になるのだろう。



そう思えば、
「こんな楽しいことがいっぱいある中で、どうしてじっとしていられるのか!」
と言った息子の気持ちも理解できる。
息子よ、「じっとしていなさい」なんて、
キミの豊かな時間を邪魔してごめんなさいね。

息子の周りに、大人とは異次元の時間空間が渦巻いているのが、
見えるような気がした。

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