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【読書メモ】最後の一杯: 依存症を克服した医師の手記

 日本では、アルコール依存症の治療薬は、長らく抗酒剤だけでしたが、2013年にアカンプロサート、2019年にナルメフェンが治療薬として使えるようなったという進歩がありました。
 しかし、臨床の現場では、本気で断酒しようとしても失敗を重ねてしまう人に対し、「次の一手をどうするか?」について本人も家族も治療者も、とても悩むことが少なくありません。
 アルコール依存症の治療は、薬物療法にしても認知行動療法にしても、有効性が伸びる余地が大きく、より良い方法を模索する毎日です。

 なので、本書を翻訳した橋本望先生(独立行政法人岡山県精神科医療センター)がFBに投稿した概要を見た時、「次の一手を見つける手がかりになるかもしれない」と思い、読んだ次第です。

 本書はアルコール依存症を発症したアメイセン医師が、様々な治療を受けても再発を繰り返して悪戦苦闘した期間を経て断酒を継続できるようになった経緯を本人が書いた本です。
  本文+訳者による解説の287ページに加え、文献の要旨が54ページある労作ですが、とても興味深い内容で一気に読んでしまいました。

 専門職や経営者など「余人をもって代えがたい」役割を果たしている人は、「アルコール依存症が進行しても役割を果たせる」とか「怖くて誰も言えない」といった理由で直面化されにくいです。そのため医療に繋がり、否認が解けるまでのハードルが高いです。
 循環器内科医としての功績に対しフランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授章された著名人であるアメイセン医師が、そのハードルを超え、アルコール依存症であることを受け入れ、回復に熱心に取り組みました。 
 しかし、リハビリ施設への入所、AAの参加、カウンセリング、薬物療法など、あらゆる方法を試すことで、一定期間は断酒ができても、アルコールの渇望から解放されることはなく、飲酒を再開すると大量飲酒になって飲酒問題が再発することを繰り返しました。有能で他のことにおいてはシッカリとした自制心をもっているのに、飲酒に関しては自制できないために、自尊心が傷つき、未来に対して絶望する姿は、アルコール依存症の本質を知るために、とても役立ちます。

 回復の契機は、友人が送ってくれたニューヨーク・タイムズの記事。「バクロフェンという筋弛緩薬がコカイン依存症者の渇望を大幅に軽減した」という内容でした。バクロフェンは神経疾患に対して十分な実績がある薬剤ですが、現在でも精神科医にとっては馴染みがなく、アメイセン医師の主治医もバクロフェンには関心を示しませんでした。
 しかし、あらゆる方法を試みても不可能だった断酒が、可能になるかもしれないと必死になり、神経内科医に質問し、文献を収集して分析した結果、「試す価値あり」と判断しました。用量や副作用に注意しながら服用したところ、渇望から解放され、断酒が継続するようになりました。

 その後、アメイセン医師は、「この方法が多くの依存症の回復に助けになる」ことを確信し、研究者、医師、一般市民に向けて本書を書きました。2009年、フランスとアメリカで出版されベストセラーとなったのを機に、フランスでは2011年には、22000人以上のアルコール依存症者に対しバクロフェンが処方されました。バクロフェンを処方している医師と、効果を経験した患者の会は、保健当局に働きかけを続けた結果、2018年、「アルコール依存症に対するバクロフェンの有効性は現段階では確立していない」としながらも、正式に承認した最初の国となりました。

 本書の出版を機に、バクロフェンの有効性について複数の研究が行われ、結果、有効性が示された研究もあったが、示されなかった研究がありました。そのため、現在でもバクロフェンは標準的治療として推奨されていません。
 薬として承認された時点とは違う疾患に対する効能が後から認められるようになるのは珍しいことではありませんが、その過程は真っすぐで平坦な道ではないので、最初の一歩を踏み出す人の勇気は尊敬せざるを得ません。
 
 真剣に回復を願っているが、上手く行かず「次の一手」を探している人、パイオニア精神をもって研究・臨床に挑戦したい人にお勧めです。